労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第34回)
在宅勤務後にオフィスや客先に「移動」する時間は労働時間ですか?
2021年3月(改訂:2021年4月)
Q. 在宅勤務後にオフィスや客先に「移動」する時間は労働時間ですか?
その日は自宅で勤務をした後に客先での予定がある、というスケジュールだったとします。この場合、在宅勤務後に客先まで移動する時間は、労働時間として取り扱う必要があるのでしょうか?
A. 「自由利用の保障」があれば労働時間に該当しない
(1)労働法の考え方
午前中だけ自宅で勤務した後、午後からオフィスに出勤するなど、その日の一部にテレワークを行う場合に、自宅とオフィスの間を移動する時間が労働時間に該当するか、という問題があります。この問題については、厚生労働省のテレワークガイドラインで一定の解釈が示されています(テレワークの適切な導入及び実施のためのガイドライン)。
厚労省ガイドラインは、この場合は自宅も就業場所であるため「就業場所間の移動時間」が労働時間に該当するか、という問題と捉えています。
その上で、ガイドラインの該当部分を引用すると、「こうした就業場所間の移動時間について、労働者による自由利用が保障されている時間については、休憩時間として取り扱うことが考えられる。一方で、例えば、テレワーク中の労働者に対して、使用者が具体的な業務のために急きょ至急の出社を求めた場合など、使用者が業務に従事するために必要な就業場所間の移動を命じ、その間の自由利用が保障されていない場合の移動時間は、労働時間に該当する」という解釈になっています。
この解釈は、始業・終業時刻の「内側」の活動について判断基準を示した最高裁判決を意識したものといえます(最判平14.2.28労経速1792号2頁。仮眠時間について労働からの解放が保障されているかという基準を提示)。
(2)設問について
上記ガイドラインの「自由利用の保障」「急きょ至急の出社」という部分がポイントになります。
これは通勤時間と比較しながら考えると分かりやすいと思われます。通勤も自宅→オフィスへの移動を命じられた時間ですが、労働時間には該当しません。通勤中は業務遂行を指示されていませんし、移動中にスマートフォンで読書やゲームしたり、カフェに立ち寄ったり、子供の送り迎えをしたり、一定の自由利用が確保されています。
こうした通勤と同程度の「自由」が確保されていれば、在宅勤務後の移動も労働時間ではないと解されます。他方、急きょ至急の出社を求めたことで、最短でオフィスに赴かなければならず、少しの寄り道も許されないような場合は、移動時間も労働時間として取り扱わなければなりません。この点は、自宅・オフィス間の移動、自宅・客先間の移動、いずれにも当てはまることです。
実務上、移動中の業務指示はしない、急きょ至急の出社は求めないという点(自由利用の保障)を守ることで、通勤と同様に労働時間とは取り扱わないことは可能です。
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管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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