労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第36回)
休日の急な顧客対応を勤怠管理上どう取り扱うべきですか?
2021年5月
Q. 休日の急な顧客対応を勤怠管理上どう取り扱うべきですか?
適正な勤怠管理のため、どういったケースを労働時間と取り扱うか、社内で議論をしています。会社指示によらず、本人の自主的判断で仕事をしても労働時間ではないと思いますが、休日に顧客から急な電話があり、本人の判断で対応した場合はどうなるのでしょうか。
A. 会社指示がなくても「余儀なくされたとき」は労働時間
(1)労働法の考え方
労働基準法の労働時間の意味を明らかにした重要な最高裁判例として、最判平12.3.9民集54巻3号801頁があります。
この判決は、労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれた時間」をいうと述べた上で、使用者から業務を義務付けられ、又は余儀なくされたときは、使用者の指揮命令下に置かれたものとして労働時間に該当する、と判示しました。
つまり、会社からの義務付け(指示)なしに本人が自主的に仕事をしても、使用者の指揮命令下に置かれているとは評価できませんから、労働時間に該当しません。本人の自主的判断だから労働時間ではない、という設問の理解はまさにその通りです。
ただし、最高裁判決は、会社の義務付け(指示)がなくても、業務を余儀なくされたときも労働時間に該当すると述べています。この「余儀なくされたとき」とはどのような意味でしょうか。
(2)設問の回答
最高裁判決がいう「余儀なくされたとき」とは、使用者の義務付け(指示)があったとまで評価することは困難であるものの、諸般の状況等からして労働者が当該行為を行わざるを得なくされているような場合を指します(最高裁判所判例解説民事篇平成12年度(上)206頁)。
たとえば、作業後に洗身をしなければ通勤が著しく困難という事情があれば、会社から作業後に身体を洗うよう指示されていなくても「洗身」に要した時間は労働時間です。あるいは、油汚れのついた作業服を着たままでの通勤が著しく困難であれば、やはり作業所内での作業服着脱を余儀なくされていたとして「着脱」に要した時間は労働時間になります。
その上で、設問のケースですが、休日に顧客から連絡が来たもののすぐに対応する必要はなく、週明け月曜でも問題はない中、本人の判断で休日にメールや電話で対応してあげたという場合は、諸般の状況から見て休日労働を余儀なくされていたとまでは評価できませんから、労働時間と取り扱う必要はありません。これに対し、急な用件であり、客観的に見て休日対応の必要性があったという場合には、顧客信用や会社業務への影響といった状況に鑑み、休日労働を余儀なくされていたと評価されるため、労働時間と取り扱う必要があります。
このように、週明け対応でも問題ないか、休日対応がマストだったかが判断の分かれ目になります。
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筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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