労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第37回)
マスコミに「ハラスメント企業」と真実でない情報を発信した社員を解雇できますか?
2021年6月
Q. マスコミに「ハラスメント企業」と真実でない情報を発信した社員を解雇できますか?
当社の社員が新聞・雑誌の取材を受け、当社のことを「悪質なハラスメント企業だ」などと名指しした記事が拡散されています。しかし、書かれた内容は全くの事実無根です。このような社員との信頼関係はもはやなく、解雇も含めて検討したいと思います。
A. 雇用関係上の信頼関係破壊として解雇理由に該当
(1)裁判例の紹介
労働者が所属企業のことを「ハラスメント企業だ」と不特定多数に向けて情報発信したものの、それが真実でなければ、名誉・信用毀損に該当しますし、雇用関係上の信頼関係を破壊するものとして解雇・雇止め理由にもなります。そのような裁判例として次の2点を紹介します。
1つ目は、所属企業はマタハラ企業であるとの印象を与えようとして、マスコミ等の外部関係者にあえて事実とは異なる情報を提供したという事案です。裁判所は、企業の名誉・信用を毀損するおそれがある行為に及び、企業との信頼関係を破壊する行為に終始したとして、そのことを理由とした雇止めを有効と判示しました(東京高判令元.11.28労働判例1215号5頁)。
2つ目は、国内外からの記者から多数回取材を受け、YouTubeに対談動画を配信し、自らのツイッターを利用して拡散するなどの方法で、社員に子供ができるとハラスメントをする企業であると、広く不特定多数人に対して客観的事実とは異なる印象を与えようとしたという事案です。裁判所は、企業の信用を傷つけ、又は企業の利益を損なう行為であって、その違反の程度も軽いものではないから解雇理由に該当すると判示しています(東京地判令2.4.3労働経済速報2426号3頁)。
(2)設問の回答
冒頭述べたように、真実に反して「ハラスメント企業」などと情報発信することは、名誉・信用毀損に該当する上、何よりも社員と企業との信頼関係を破壊する行為に他なりません。
いくら表現の自由があるといっても、SNSや記者会見で何を言ってもよいということにはなりません。不特定多数に情報発信した内容が客観的真実に反するものであれば、名誉・信用毀損、雇用関係上の信頼関係破壊と評価されます。2つ目の裁判例でも「表現の自由も他人の名誉権や信用など法律上保護すべき権利・利益との間で調整的な文脈での内在的制約に服さざるをえないというべきであって、記者会見における表現行為であるとの一事をもって、その内容がどのようなものであっても対第三者との間において許容されるべきことにはならない」と述べられています。
設問のケースについても、本人に事情聴取の機会を付与した上で、雇用関係上の信頼関係破壊を理由として契約終了の措置(解雇・退職等)を検討することは十分考えられます。
労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集
勤怠編
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勤怠上の扱いはどうなりますか? - 第17回 会社で「学習」「研修」をした時間は労働時間になりますか?
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- 第30回 勤怠ルールを守らない社員を厳しく注意したいのですが、気を付ける点はありますか?
- 第31回 在宅勤務時に隠れて残業した時間を労働時間としないことは可能ですか。
- 第32回 帰宅後・休日も携帯電話での対応を義務付けたら勤務にカウントすべきですか?
- 第34回 在宅勤務後にオフィスや客先に「移動」する時間は労働時間ですか?
- 第35回 年休の承認制を設けることは違法ですか?
- 第36回 休日の急な顧客対応を勤怠管理上どう取り扱うべきですか?
- 第38回 月30時間の残業でも慰謝料が発生することはありますか?
- 第39回 朝9時より前に早出する社員にどう対処すべきですか?
- 第43回 自宅持ち帰り残業は労働時間になりますか?
規則・モラル編
- 第2回 副業・兼業のモデル就業規則への企業対応は必要ですか?
- 第4回 協調性に問題のある社員にどう対応すればよいでしょうか?
- 第9回 テレワークを運用する際に注意すべきことはありますか?
- 第15回 メンタル不調の社員について主治医診断書に従わなければなりませんか?
- 第16回 職場内でボイスレコーダーによる録音を行う者を処分できますか?
- 第20回 髪色や服装についてルールを作ることは可能ですか?
- 第25回 新型ウイルスに感染した疑いのある者に休業手当を支払う必要はありますか?
- 第26回 新型ウイルスへの感染リスクを理由に出社しない社員にどう対応すべきですか?
- 第33回 メンタル不調で休職した者を軽易業務で復職させる必要はありますか?
- 第37回 マスコミに「ハラスメント企業」と真実でない情報を発信した社員を解雇できますか?
- 第44回 副業・兼業を週1日やりたいという申請を認める必要はありますか?
- 第45回 フレックスタイム制で「朝9時の会議に出てほしい」と指示できますか?
- 第46回 いわゆる「シフト制」について。いつ勤務するかを特定しない雇用契約は可能ですか
- 第47回 賞与・ボーナスの金額が低すぎると申し立てられたら?
ハラスメント編
- 第12回 パワハラ防止法とは何か?
- 第18回 パワハラに当たるかは「受け手」の感じ方で決まりますか?
- 第19回 セクハラ事案で「女性が拒否しなかった」という弁解をどう考えるべきですか?
- 第21回 取引先からの暴言や威圧的なメール、無理難題にどう対応すべきですか?
(カスタマーハラスメント) - 第23回 上司・同僚の「マタハラ」とはどのような言動を指しますか?
- 第29回 パワハラ相談申告で本人が「調査は望まない」と述べたら?
- 第42回 パワハラは部下の態度にも原因があるのではないですか?
採用・解雇編
- 第3回 採用前に応募者の健康状態を確認することは違法でしょうか?
- 第5回 試用期間満了に伴う本採用拒否も「解雇」に当たるのでしょうか?
- 第10回 個人情報漏洩を起こした社員を懲戒解雇できますか?
- 第13回 労働条件通知書をメール送信で済ませてもよいですか?
- 第28回 有期雇用社員の勤務条件を期間満了時に変更することは可能ですか?
- 第40回 不況による退職勧奨が「違法」にならないためには
- 第41回 60歳定年後の再雇用で処遇の大幅ダウンは違法ですか?
管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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