労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第39回)
朝9時より前に早出する社員にどう対処すべきですか?
2021年8月
Q. 朝9時より前に早出する社員にどう対処すべきですか?
当社の始業時刻は朝9:00ですが、ある社員が未申告で毎朝7:30〜8:00頃に出勤しています。業務量が多すぎて仕事が終わらず、朝早く出てきてやるしかないようです。当社として早出を指示した事実はないのですが、この場合も「労働時間」になってしまいますか。
A. 黙示の義務付けにより労働時間に該当する可能性あり
(1)労働法の考え方
労働基準法の「労働時間」とは、使用者の指揮命令下に置かれた時間を意味します。具体的には、会社から業務に従事するよう義務付け(指示)を受けていたか等により判断されます(最判平12.3.9判例タイムズ1029号164頁)。
そのため、会社からの指示によらず、自主的に業務したとしても労働時間になるとは限りません。実際、詳細な日報作成や営業先の下調べを義務付けられていたとはいえないとして、割増賃金請求を棄却した裁判例が存在します(東京高判平25.11.21労働判例1086号52頁)。
このように、労働時間とは文字通り「働いた時間」を意味するわけではなく、会社の義務付け(指示)があったかがポイントになります。
(2)設問の回答
たとえば、電車の本数が少なく早めに会社に着いてしまう、自動車通勤で渋滞する時間帯を避けて早めに家を出る、本人の生活スタイル的に早めに会社に着いてから食事や新聞を読む時間に充てたい、といった事情から始業時刻より前に出社したとしても、会社から業務を義務付けられたわけではないため、「労働時間」にはなりません。
あるいは、早めに会社に着いた後、自主的にメールチェックやたまたま朝早く出ていたメンバーと軽くミーティングする程度なら、やはり会社の義務付けに基づく業務とはいえないため、「労働時間」には該当しません。
しかし、設問のケースは、20〜30分早めに到着したというレベルではなく、1時間以上早く出社して業務せざるを得ない状況に追い込まれており、かつ、会社側も早出残業の実態を把握しています。このように、(1)労働者が早出残業しなければならない必要性、(2)会社側による実態把握が認められる本件では、「早く出社して仕事しなさい」という明確な指示がなかったとしても、黙示の義務付け(指示)があったとして、労働時間になる可能性が高いと見るべきです。
(3)実務対応
この場合、残業代未払いのほか、未把握の勤務があることで実は長時間労働になっていれば「労災」のリスクも懸念されます。
会社に降りかかるリスクを鑑みても、この状況を放置すべきではありません。本人に対して、始業時刻である9:00から仕事を開始すること、業務が終わらないならきちんと申告の上で終業時刻後に一定の残業を行うこと、どうしても必要があるときは上長承認を経た上で早出することを指摘・指導します。
また、根本的な原因として「業務量が多すぎて早出せざるを得ない」という事情が見られるため、併せて業務量調整などの措置も検討すべきです。
労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集
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管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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