労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第40回)
不況による退職勧奨が「違法」にならないためには
2021年9月
Q. 不況による退職勧奨が「違法」にならないためには
不況の影響を受け、当社も人員削減を検討しなければならなくなりました。当社の企業規模も考え、希望退職で全体に募る形ではなく、個別の面談で退職勧奨を行いたいと思います。違法な退職強要にならない注意点を教えてください。
A. 退職勧奨それ自体は適法だが、心理的圧力や名誉感情を害する発言はNG
(1)労働法の考え方
「退職勧奨」というと社会的・世間的にはイメージの良くないところがあります。しかし、企業として生き残るためには、経営上人員削減を進めなければならない局面も存在します。こうした経営上の必要性に基づき退職勧奨を行うことは、法律上、使用者による正当な業務行為という位置付けです。
裁判例においても、「退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるから、説得活動のための手段及び方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為としてこれを行いうると解するのが相当」と述べられています(東京地判平25.11.12労働判例1085号19頁)。
このように、退職勧奨それ自体が違法というわけではなく、経営上の必要性に基づく退職勧奨は「正当な業務行為」というのが裁判所の考え方です。
(2)実務上の注意点
裁判例が「説得活動のために手段及び方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り」という留保を付している点に注意が必要です。
具体的には、この裁判例は上記(1)の判示に続けて、「労働者に対し不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりして、その自由な退職意思の形成を妨げたような場合は、当該退職勧奨行為は、もはやその限度を超えたものとして不法行為を構成する」と述べています。
つまり、退職勧奨を進める中で、(1)不当な心理的圧力を加える、(2)名誉感情を不当に害するような言辞を用いる、というようなことがあってはなりません。
(3)設問の回答
具体的には、次のようなポイントに注意すべきです。
- 暴力的な行為・発言はもってのほか(机を叩く、辞めるまで帰さないなど)
- シビアな話だが礼儀は尽くす(役に立たない、要らない人材など、プライドや人格を傷つける発言はNG)
- 面談は2対1が基本(1対1は言った・言わないになる、4〜5人で取り囲むと心理的圧力につながる)
- 長時間に及ぶ面談はしない(20-30分程度が目安。長くなっても1時間を過ぎたらいったん打ち切って次回に回す)
- 面談回数は3回をめど(4〜5回の面談が即違法というわけではないが、何度も退職を迫る面談を繰り返すことは避ける)
労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集
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勤怠上の扱いはどうなりますか? - 第17回 会社で「学習」「研修」をした時間は労働時間になりますか?
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- 第27回 在宅勤務中の「ながら勤務」と隠れ残業にどう対応すればよいですか?
- 第30回 勤怠ルールを守らない社員を厳しく注意したいのですが、気を付ける点はありますか?
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- 第39回 朝9時より前に早出する社員にどう対処すべきですか?
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規則・モラル編
- 第2回 副業・兼業のモデル就業規則への企業対応は必要ですか?
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- 第20回 髪色や服装についてルールを作ることは可能ですか?
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ハラスメント編
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(カスタマーハラスメント) - 第23回 上司・同僚の「マタハラ」とはどのような言動を指しますか?
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採用・解雇編
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- 第13回 労働条件通知書をメール送信で済ませてもよいですか?
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- 第41回 60歳定年後の再雇用で処遇の大幅ダウンは違法ですか?
管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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