労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第41回)
60歳定年後の再雇用で処遇の大幅ダウンは違法ですか?
2021年10月
Q. 60歳定年後の再雇用で処遇の大幅ダウンは違法ですか?
定年後再雇用の運用は各社様々で、定年前の80~90%程度の給与を維持する企業もあると思いますが、当社は、定年前の40%程度(60%減)と給与の大幅ダウンを考えています。このような運用は違法になってしまうのでしょうか。
A. 違法ではない。ただし、同一労働同一賃金に注意。
(1)労働法の考え方
60~65歳の高年齢者の雇用確保措置は、年金の支給スタートが60歳→65歳となることに向けて段階的に引き上げられる中、無年金・無収入の期間が発生するのを防ぐため、高年齢者雇用安定法により義務付けられたものです。60歳定年後、無職であれば無年金・無収入状態となってしまいます。そこで、法律が企業に雇用確保の負担を課すことで、雇用と年金の接続を図っているのです。
本来は60歳定年で雇用終了である中、法律が60~65歳の雇用確保を義務付けたものですから、60歳定年後の再雇用でどのような労働条件(賃金、業務内容など)を提示するかは、基本的に企業側の裁量とされています。定年前の給与水準をある程度維持しなければならない、というわけではありません。
無年金・無収入の期間を防ぐという法の趣旨に照らし、到底容認できないような低額の給与水準は許されませんが、こうした最低限のラインは維持した上であれば、給与水準が定年前から大きくダウンしても違法ではありません。たとえば、定年前の30~40%程度までダウンも可能です。
ただし、同一労働同一賃金(不合理な待遇差の禁止)には注意が必要です。処遇を大きくダウンさせるなら、それに応じて業務内容や責任、異動の範囲もバランスをとって変えていく必要があります。
(2)一部の裁判例について
裁判例の中には、「定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当」と述べたものも存在します(福岡高判平成29年9月7日労働判例1167号49頁)。
しかし、この裁判例は上記(1)の法律論に照らして明らかに誤りです。判例評釈でも、誤った判断で一人歩きが懸念されると評されており(ジュリスト1524号135頁)、このような裁判例に引きずられないよう注意してください。
(3)設問の回答
上で述べたように、法律上、定年前の給与水準をある程度維持しなければならないというルールは存在せず、給与水準が40%程度になること自体は問題ありません。
ただし、同一労働同一賃金(不合理な待遇差の禁止)との関係を整理しておく必要があります。最高裁判例は、業務内容や責任、異動の範囲が同じままでも、定年後再雇用であれば年収79%程度でも許容されるとしていますが(最判平30.6.1民集第72巻2号202頁)、定年前の40%程度まで下がるなら、雇用実態が同じままでは待遇差は不合理とされるリスクが高いです。
業務内容が軽減された、部下を管理する負担から解放された、決裁権限はなくなった、残業の頻度・時間数が減った、深夜・休日の勤務はほぼなくなった、ノルマを課されることはない、転勤の可能性はほぼないなど、業務内容、責任の程度、異動範囲から見て「待遇差は不合理でない」と説明できるようにしておくべきです。
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管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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