労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第42回)
パワハラは部下の態度にも原因があるのではないですか?
2021年11月
Q. パワハラは部下の態度にも原因があるのではないですか?
当社では、暴言や怒鳴り声といったパワハラの実態はありませんが、仕事上の姿勢・態度に問題のある者が一部におり、それにより言い方がきつくなるケースが見られます。指導を受ける側にも原因の一端があるように思えますが、どうでしょうか?
A. 「適正な指導を踏まえ真摯に仕事を進める」という認識共有も重要
(1)無自覚パワハラの要因
パワハラ対策についての大事な視点は「パワハラしてやろう」「あいつに嫌がらせしよう」と思ってパワハラする人は少ない、ということです。本人に自覚のない無自覚パワハラです。
ではなぜ、人は、相手の人格や能力を否定する、大声で威圧的に叱責するといったパワハラ言動をしてしまうのでしょうか。
2018年3月の厚労省検討会報告書は、職場のパワハラ発生の要因について、A加害者側の問題、B被害者側の問題、C職場環境の問題があると分析しています(職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書)。
- A 加害者側:感情をコントロールする能力やコミュニケーション能力の不足、精神論偏重や完璧主義などの固定的価値観、世代感ギャップなど多様性への理解欠如。
- B 被害者側:社会的ルールやマナーを欠いた言動が一部に見られる。
- C 職場環境:コミュニケーションの希薄化、大きなプレッシャーやストレスをかける業績偏重の評価制度や長時間労働。
(2)被害者の行動と加害者の怒り
加害者が対話による相互理解(コミュニケーション)を図ろうとせず、怒りと感情のままに、相手を攻撃したり否定したりする言動に出てしまう、ということです(A)。
問題は、なぜこうした攻撃的・否定的行動に出るのかですが、一つには、行き過ぎた業績主義や長時間労働が大きなプレッシャーやストレスとなり、攻撃的な言動を誘発してしまうという職場環境の問題が存在します(C)。
企業は、これらの要因を除去するため、アンガーマネジメント研修、定期ミーティングや日常会話促進、業績目標の見直し、長時間労働の是正といった策を講じるべきです。
しかし、要因はそれだけではなく、被害者の社会的ルールやマナーを欠いた言動が加害者の不信感と怒りを日々増幅させていき、ついには暴言や罵声、人格攻撃へとつながってしまう場合があるのではないかと指摘されています(B)。
(3)実務対応策
厚労省のパワハラ指針も、パワハラの原因を除去する取組みを進めるに当たっては、「適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当せず、労働者が、こうした適正な業務指示や指導を踏まえて真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要」と述べています。
分かりやすく言えば、上司・先輩が適正な指導をしているのに素直にそれを聞こうとしない部下・後輩がいる、そのことで当たりが強くなり、パワハラ問題を招くケースがあるということです。
勿論、問題ある部下・後輩がいたとしても、パワハラをしてよいことにはなりません。パワハラをした加害者が悪いのは当然です。しかし他方、被害者側の問題も事実としてあり、そこから目を背けるべきではありません。
社内からパワハラ問題をなくすためには、「適正な業務指示や指導に対しては、真摯に業務を遂行する意識を持つ」という当たり前の認識を共有することも大事です。そのために一般社員向け研修を企画し、パワハラの周知・啓発とともに、こうした認識の共有を進める策も考えられます。
労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集
勤怠編
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- 第39回 朝9時より前に早出する社員にどう対処すべきですか?
- 第43回 自宅持ち帰り残業は労働時間になりますか?
規則・モラル編
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- 第16回 職場内でボイスレコーダーによる録音を行う者を処分できますか?
- 第20回 髪色や服装についてルールを作ることは可能ですか?
- 第25回 新型ウイルスに感染した疑いのある者に休業手当を支払う必要はありますか?
- 第26回 新型ウイルスへの感染リスクを理由に出社しない社員にどう対応すべきですか?
- 第33回 メンタル不調で休職した者を軽易業務で復職させる必要はありますか?
- 第37回 マスコミに「ハラスメント企業」と真実でない情報を発信した社員を解雇できますか?
- 第44回 副業・兼業を週1日やりたいという申請を認める必要はありますか?
- 第45回 フレックスタイム制で「朝9時の会議に出てほしい」と指示できますか?
- 第46回 いわゆる「シフト制」について。いつ勤務するかを特定しない雇用契約は可能ですか
- 第47回 賞与・ボーナスの金額が低すぎると申し立てられたら?
ハラスメント編
- 第12回 パワハラ防止法とは何か?
- 第18回 パワハラに当たるかは「受け手」の感じ方で決まりますか?
- 第19回 セクハラ事案で「女性が拒否しなかった」という弁解をどう考えるべきですか?
- 第21回 取引先からの暴言や威圧的なメール、無理難題にどう対応すべきですか?
(カスタマーハラスメント) - 第23回 上司・同僚の「マタハラ」とはどのような言動を指しますか?
- 第29回 パワハラ相談申告で本人が「調査は望まない」と述べたら?
- 第42回 パワハラは部下の態度にも原因があるのではないですか?
採用・解雇編
- 第3回 採用前に応募者の健康状態を確認することは違法でしょうか?
- 第5回 試用期間満了に伴う本採用拒否も「解雇」に当たるのでしょうか?
- 第10回 個人情報漏洩を起こした社員を懲戒解雇できますか?
- 第13回 労働条件通知書をメール送信で済ませてもよいですか?
- 第28回 有期雇用社員の勤務条件を期間満了時に変更することは可能ですか?
- 第40回 不況による退職勧奨が「違法」にならないためには
- 第41回 60歳定年後の再雇用で処遇の大幅ダウンは違法ですか?
管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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