労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第43回)
自宅持ち帰り残業は労働時間になりますか?
2021年12月
Q. 自宅持ち帰り残業は労働時間になりますか?
社員の中に自宅に仕事を持ち帰って、深夜遅くまで家で業務をしている者がいるようです。上司から割り振られた業務量が多過ぎる一方、長時間労働に厳しく遅くまで会社に残って仕事ができないことから、持ち帰っているようです。何か対処が必要でしょうか。
A. 「義務付け」「余儀なく」と評価されるかがポイント
(1)基本、労働時間ではない
労働基準法の労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれた時間をいいます。具体的には、(1)使用者から業務を義務付けられた場合、(2)業務を余儀なくされる状況にあった場合には、使用者の指揮命令下に置かれたものとして労働時間に該当します(最判平12.3.9民集54巻3号801頁)。
文字通り「働いた時間」がそのまま労働時間になるとは限りません。会社の指揮命令下に置かれていたと評価できて初めて、労働時間としてカウントされるのです。
たとえば、次の勤務日に会社に出勤して仕事をすればよいのに、本人が自分の判断で仕事を持ち帰り、自宅で仕事をしたとします。このようなケースは、使用者の指揮命令下に置かれた時間とは評価できず、労働時間ではありません。これが実務の基本形です。
(2)労働時間に該当する場合
ただし、自宅持ち帰り残業といえども、上記(1)(2)に該当する場合は労働時間になります。その場合は、三六協定の時間数カウントの対象になりますし、残業代の支払いも必要です。勿論、長時間労働による健康リスクにも要注意です。
具体的には、(1)上司から「明日朝までに家で仕上げてこい」と指示された場合(義務付け)、(2)指示はないけれども、客観的に見て自宅に仕事を持ち帰らなければ指示業務を終えることができず、上司もそのような状況を認識できた場合(余儀なく)には、労働時間にあたると考えられます。
裁判例でも、指示業務が膨大であったこと、自宅作業を当然の前提とした指示が行われていたこと、三六協定の厳格な運用から事業場内での作業ができず、自宅で作業を行わざるを得なかったこと等から、自宅での作業を業務遂行と認めたものがあります(神戸地判平16.6.10判例集未登載)。この裁判例は、労災保険の業務遂行性についての判断ですが、参考になります。
(3)実務対応策
自宅での未申告残業は、勤怠管理システムに登録されないところで残業が行われることにより、三六協定違反、割増賃金未払い、さらには長時間労働による健康障害のリスクが懸念されるものです。設問のケースも、自宅作業を余儀なくされているとして、労働時間に該当する可能性があります。
管理職に対しては、自宅での作業を前提とするような業務指示をしないこと、もし自宅作業をしている可能性のある部下が見られたら、状況を確認の上で指導することを伝えるべきです。在宅勤務が進む中、本当に自宅での作業が必要なら、上長承認など必要な手続きをきちんと経て、勤怠管理システムに申告するよう求めるべきです。
労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集
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管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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