労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集(第47回)
賞与・ボーナスの金額が低すぎると申し立てられたら?
2022年5月
Q. 賞与・ボーナスの金額が低すぎると申し立てられたら?
当社では、会社の業績・経営状況と、個々人の査定結果を考慮して、賞与の支給額をその都度決定しています(変動賞与)。そのような中、ある社員から「業界が低調なのは理解するが同業他社の水準と比較して低すぎる」「自分への評価も不当」といった異議申立てがありました。法的リスクと対処法を教えてください。
A. 賞与請求権は使用者の「決定」により初めて発生するものです
(1)労働法の考え方
会社に賞与制度がある場合でも、それだけで労働者に賞与請求権という権利が発生するわけではありません。
就業規則、給与規程に置かれる賞与の定めは、「賞与の支給額は、会社の業績に応じ、能力、成績、態度等を査定し、その結果を考慮して都度決定する」「業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は賞与を支給しないことがある」といった抽象的な内容にとどまることが一般的です。
この場合、賞与の権利は、会社が支給率・額の「決定」を行うことで初めて発生します。たとえば、会社が「Aさんには今期○○円の賞与を支給します」という決定を行った場合、Aさんに生じるのは○○円の賞与請求権までです。それ以上の権利はそもそも発生しません。
賞与の支給額決定は、企業業績や人事査定を踏まえての会社の裁量事項といえます。ただし、(1)就業規則、給与規程に「冬季一時金は2カ月分支給する」と具体的な支給率・額が定められている場合は、それに従った賞与請求権が発生します。また、(2)使用者が正当な理由もなく賞与の支給決定を行わなかった場合、期待権侵害に基づく不法行為が成立し、賞与相当額の損害賠償請求が認容される、という例外的な議論も存在します。
(2)設問に対する回答
賞与の支給額は会社の裁量により「決定」されるもので、労働者に賞与請求権が保障されるわけではないため、基本的に法的リスクはありません。
あくまで会社の裁量事項ですから、本人に対しては「賞与の支給額は、当社の業績と査定結果に鑑みて、当社において決定した結果ですのでご理解ください」と対応します(人事評価の結果・内容は、社内のルールに従い適切にフィードバック等の手続きを行ってください)。
以上は、例年、同様の水準で賞与が支給されてきた実績がある場合でも同じです。就業規則、給与規程の定めは抽象的(変動賞与)である中、過去、同様の水準で賞与が支給されてきたとしても、そのような過去実績のみから賞与請求権が生まれるわけではありません。過去の慣行に法的拘束力が認められるには、会社側がそれに従う「規範意識」を持っていることも必要です。たとえば、過去に冬のボーナスは2カ月分支給する実績が続いていたとして、会社側が「今後とも冬の賞与は固定で2カ月分支給」という規範意識を持ち、それを表明していたなら別ですが、そうでない限り、今期の業績等に鑑みて例年より賞与を減らすことは可能です。
労働法専門弁護士が回答! 労務管理担当者が知っておくべきFAQ集
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管理職編
筆者プロフィール
橘 大樹(たちばな ひろき)
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー弁護士
専門分野 労働法(企業側)
慶応義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野として、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談、労務DD、労基署対応などを行う。
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