コラム
第1回 情報システム部門の業務改革計画立案手法
-iコンピテンシ ディクショナリの活用-
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2020年12月
はじめに
昨今の情報システム部門は、経営に貢献するITの実現、IT戦略やシステム企画への期待、2025年の崖に向けたレガシーシステム対策、クラウド化やAI・IoTへの対応、働き方改革に対応するIT環境の整備、セキュリティ・災害などへのリスク対策の実施など様々な課題が山積する中で、現場が求めるITサービスを提供し続け、ビジネスパフォーマンスの向上に貢献していかなければなりません。
特に中堅企業の情報システム部門は、限られた予算や人材リソースの環境下で対応を求められる中で多くの時間が既存システムの運用保守サポートなどに費やされ、タイムリーな対応が厳しいのが実状ではないでしょうか。
このような状態から脱却するためには、多岐にわたる現状業務の整理・効率化、企画業務等の戦略的な活動を含む重要業務領域へのリソースシフトと、高度なITシステムの構築・維持に向けた人材対策が必要です。
本コラムでは、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公開している「iコンピテンシ ディクショナリ」(略称:iCD)を活用した情報システム部門の改革計画立案の進め方についてお話したいと思います。
iCDとは
業務改革の検討に当たり重要な検討事項は、情報システム部門が行うべき業務と必要なスキルです。
iCDは企業がITを利活用するビジネスに求められる業務(タスク)と、それを支えるIT人材の能力や素養(スキル)を「タスクディクショナリ」、「スキルディクショナリ」として体系化したものであり、2015年にIPAより正式版公開、2017年「セキュリティ領域」「データサイエンス領域」等に関する改版を行い、現在は業界のスタンダードとして活用企業の認証制度などによる普及促進が図られています。
タスクは「タスクディクショナリ」のなかで大中小3分類での階層にて構成され、図2にあるようにITのライフサイクルと専門領域や、計画・実行、管理・統制、推進・支援などのカテゴリに基づき整理されています。スキルは「スキルディクショナリ」のなかでカテゴリ・分類・項目・知識項目の4階層で構成され、図2にあるようにテクノロジとメソトロジの領域を中心に、企業固有スキル、関連知識、ヒューマンスキルを加えた形で、各種関連団体の考え方を取り入れて整理されています。2つのディクショナリは連携されており、タスクに必要なスキル、スキルに必要なタスクが把握できる構造となっています。
図1:タスクディクショナリ-タスク構成図(タスク大分類):IPA公開資料より
図2:スキルディクショナリ-スキル構成図(スキル分類):IPA公開資料より
改革計画立案の7ステップ
計画立案は7つのステップで構成されます。1~3ステップは現状の把握とゴール設定、4・5ステップは業務改善に関する計画検討、6・7ステップはスキルアップに関する計画検討です。
- 社内部門定義:経営戦略・事業計画、部門運営方針等に基づく社内の期待、あるべき姿の定義
- 現状業務分析:部門構成メンバーの業務内容と対応負荷配分について分析、業務遂行課題の整理
- 部門役割定義:部門に必要な役割の定義
- 役割業務定義:役割毎の遂行業務の定義(iCDに基づく役割別業務定義作成)
- 業務改善対策具体化:課題分析~新業務定義に基づく業務シフト・対応強化に向けた対策立案
- 必要スキル定義:業務遂行に必要なスキルの定義(iCDに基づくスキル定義作成)
- スキル強化対策具体化:スキル強化対策の立案
iCDの「タスクディクショナリ」は役割遂行業務の定義、「スキルディクショナリ」は必要なスキル定義をそれぞれ検討する上で、よりどころとなるマスタとしての位置づけで活用します。
図3:改革計画立案の7ステップ
それでは、各ステップの内容と注意すべき点についてお話ししていきましょう。
1.社内部門定義
社内の情報システム部門に対する期待を整理し、情報システム部門の位置づけとこれからの方向性を明確にします。経営層の期待として、経営戦略や事業計画、経営会議等からの指示事項などから、組織機能の要件や人材像をまとめます。特に中堅企業などでは経営層とのコミュニケーションがあまり行われていないケースが多く、その場合は、改めて経営層へのインタビューを行うことも有効な手段の1つです。期待の主なキーワードとしては、「事業戦略遂行に効果的なIT企画力」「ビジネスの整合性確保」「効率的なデリバリ」「システム安定稼働」「コスト競争力強化」「事業継続対策強化」「有能な人材育成」などが挙げられます。
また、現場ユーザーからの声や、情報システム部門自体の運営方針を確認しながら、情報システム部門のあるべき姿を定義します。この定義は、「ミッション・ビジョン」の形式で整理するとシンプルでわかりやすく、部門内でディスカッションすることで、部門全員の意思統一においても有効となります。
内容 | 具体例 | |
---|---|---|
ミッション | 「使命」 | 私たち情報システム部は、 当社の競争力強化と事業拡大・成長につながる経営課題の解決や、業務改革・改善を推進するために、ITを駆使して、効果的、 効率的に支援するサービスを提供しつづける |
ビジョン | 「理想の姿」 ※情景が浮かぶ様々なイメージ |
|
表1:ミッションとビジョン
2.現状業務分析
ここでは、部門全体の業務内容と負荷状況、直面している課題について収集・整理を行います。
(1)業務別負荷状況分析
情報システム部門の組織全体で、どの業務にどのくらいの工数が投入されているかを調査分析します。現状の全業務一覧があるとよいですが、そこまで整理できている企業は多くはありません。調査は、メンバー週報や月報に基づく精査が中心となりますが、整理のポイントとして、分析結果が体系的にとらえられるように、「タスクディクショナリ」のタスク大分類に合わせた形で集計し、図4のように「戦略/企画」「開発/導入」「運用/保守」などのライフサイクルでの投入量の比較を、部門全体、チーム単位やメンバー単位などで実施します。
攻めのITに向けた変革に対しては、「戦略/企画」の比率アップが課題の切り口となります。「運用/保守」においては、問題管理や障害対応、ユーザサポートなどの比率の妥当性などが改善のポイントとなります。
図4:業務配分分析図
(2)業務課題収集
業務遂行上の課題を収集します。収集は極力全部員を対象として行いますが、個人としての課題と部門としての課題を混同しないようにするとともに、業務面とスキルに分けて整理します。分類としては以下のようなキーワードが挙げられます。
業務面:企画力、属人性、要員不足、ドキュメント、連携(現場、経営層、社外)、負荷分散、問題解決、効率化 スキル:新技術、体系化、目標、キャリアパス、モチベーション、継承、教育予算、評価、報酬 収集結果は業務改善に関する最終ステップ “5.業務改善対策具体化” にて活用します。 |
3.部門役割定義
現状業務分析における対象の業務内容・期待・課題を参考に、改めて情報システム部門にあるべき役割を検討します。検討の際、対象業務をもれなく捉えようとするとたくさんの役割を想定したくなりますが、この後は役割を切り口にさらにブレークダウンしていくため、検討対象単位が膨大にならないように、役割の数を10前後にとどめておくことが重要です。整理の仕方の1例として、ステークフォルダー別にどのような役割を果たすべきかを考えると、要領よく整理できます。第1ステップで整理した組織機能の要件や期待事項が想定した役割の中で実現していけることも確認します。
図5:ステークフォルダー別役割図
4.役割業務定義
部門の役割毎に遂行すべき業務を定義します。
現状対応できていない重要な業務が定義から漏れることの無いように、「現状業務分析」において参照した業務内容をそのまま使うのではなく、iCDのタスク一覧より必要なタスクを抽出し一覧化します。その際、タスクプロフィールを活用します。タスクプロフィールとは、iCDのタスク一覧より必要なタスクを取捨選択する際に、タスクの理解を助けるための参考情報であり、タスクとは1:nで関連付けされています。「部門役割定義」にて定義した役割毎にタスクプロフィールを当てはめることで、役割遂行に必要なタスクをまとめて抽出することができます。タスクプロフィールには5つのカテゴリ(ビジネスタイプ、開発対象、開発手法、新ビジネス、役割)がありますが、役割遂行に包含されるタスクプロフィールを選択して、タスクの必要性を検証しながら該当するタスクをリスト化します。リストは今後のメンテナンス性も考慮し、タスク中分類の単位で整理します。役割によっては複数のタスクプロフィールで検証することも有効です。
表2:タスクプロフィール×タスク対応表:IPA公開資料より
出来上がった役割別のタスクリストは、現状の業務内容が包含されているかをチェックするとともに、タスク名称とその内容が部門全員で共通理解できるように、一部のタスクを統合したり、日々の社内業務の呼称に合わせたタスク名称に変更します。また、保守性を踏まえてiCDのタスクディクショナリとの関係がわかるように、タスク中分類のコードをリスト内に表現しておきます。これらの作業を経て、本タスクリストは情報システム部門の役割別業務定義となります。
今回は情報システム部門の改革計画立案の7つのステップのなかで、現状の把握とゴール設定及び、業務定義に関する4つのステップについてお話ししました。
次回は、業務改善に関する対策の立案とスキルアップ計画の検討を含む3つのステップについてお話しします。
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