新たなオフィス空間としての「メタバース」
~「三次元」情報がもたらす可能性を考える~

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」 [第5回]
2022年9月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

我々を取り巻く社会環境は、コロナ禍という特異な体験を経たことで大きく変化し、リモート会議やオンライン学習などが常態化することで、多くの人々がネット上でつながり、人と人がWebを介して交流することは、日常生活の一部になっています。

そして、場所を選ばずに働く「テレワーク」が当たり前になった現在、ポストコロナ時代の働き方として、出社型の「オフィスワーク」と、在宅型の「テレワーク」2つの働き方を組み合わせた「ハイブリッドワーク」が注目を集めています。

国土交通省が毎年実施している「テレワーク人口実態調査」によると、2021年度の雇用型テレワーカーの割合は、昨年度と比較すると、約4ポイント増加して27.0%になり、特に大幅に上昇した首都圏では、42.3%を記録しています。また、感染収束後の意向については、約84%が継続を希望し、その理由として、約43%が「通勤時間の有効活用」、約30%が「通勤の負担軽減」を挙げています。

首都圏と地方都市圏における通勤時間別テレワーカーの割合を比較すると、通勤時間が長いほどテレワーカーの割合が高くなる傾向があることから、今後新たなパンデミックを想定した時、本来の職場以外の公共施設にサテライトオフィスを整備するなど、リモートワーク・テレワークを可能とする環境の構築を図る必要があると思われます。

日本と世界8カ国のテレワーク事情

デジタルマーケティングのグローバル企業「Criteo(クリテオ)」が、日本国内とオーストラリア、英国、ドイツ、アメリカ、韓国、スペイン、イタリア、フランスの8カ国で独自調査した興味深いレポートがあります。

この「在宅ワークの普及率・コマースへの影響」レポートによると、2022年1~3月の間、日本国内の在宅ワーカーの割合は世界平均の20%とほぼ同数の18%で、2021年7~9月の間の25%から7ポイント減少し、2022年1~3月の間で在宅ワーカー比率が最も高い国は、25%のオーストラリア、最下位は14%のフランスになっています。

所得と在宅ワークの関係性では、世界的に男女ともに世帯年収が高い人ほど在宅ワークをしている傾向が高く、日本国内においても、年収500万円以上の世帯の在宅ワーカー比率64%に対して、非在宅ワーカー世帯の比率は57%としています。

また、在宅ワーカー特有の傾向として、ネットショッピングで購入した商品を受け取る場所について、店舗での受け取りを希望する人の割合は在宅ワーカーの方が多く、その理由として「1日中在宅なので、あえて店舗受け取りを指定している」、「Web会議をしている時に玄関のチャイムを鳴らされたくない」などが挙げられています。

「BCP」事業継続計画としてのテレワーク

新型コロナウイルス感染症の拡大が、テレワークの普及を加速化させたと指摘する声と、事業継続性確保の観点からも、本来の勤務場所以外の自宅やサテライトオフィス等の場所で業務を行う柔軟な働き方は「BCP対策」としても有効です。大規模な自然災害や、パンデミック発生等の緊急時において、テレワークの仕組みを業務継続のプラットフォームとして活用することで、一定レベルの事業継続が可能になると思われます。

これまで、テレワークは「働き方改革」「生産性向上」等の手段として捉えられてきましたが、今後は、平常時には「働き方改革」の一環として、緊急時・災害時においては「事業継続性確保」の観点から業務の永続性を担保する仕組みとして、テレワーク・リモートワークに対する認識を改める必要があるのではないでしょうか。

そして、テレワーク・リモートワークが日常的な勤務形態として認識されるとともに、テレワーク環境における「職場」の在り方として、リアルオフィスの規模縮小を検討する企業がすでに現れ始めています。

いま求められているのは、どのような「働き方」で限られた人的資源を効率的に活用していくのか、大規模自然災害等のインシデント発生時において、どのような「働き方」で事業を継続・維持していくのか、我々の社会活動を下支えするプラットフォームの一環として、テレワーク・リモートワークを推進していく確固たる信念です。

「メタバース」による「三次元」情報の可能性

人と人がふれあい交流する場合、対面に勝るものはないと思いますが、それは、同じ場所で、同じ空間を共有することで、親近感や共感するような意識が生み出されるからではないでしょうか。そして、これはPCの画面上で行われるネット会議など、「二次元」情報の世界では、実現することは難しいのかもしれません。

そこで注目されているのが、「VR(仮想現実)」や、「AR(拡張現実)」などの技術によって、現実の空間・場所をデジタル空間上に再現し、人と人が対面しているような世界観を作り出すことで、コミュニケーションやコラボレーションを可能にした、「メタバース」による「三次元」情報の世界です。

2021年10月「Facebook」は社名を「Meta」に変更し、「メタバース」市場への参入を発表したことが話題になりましたが、中でも注目されているのが、ビジネス分野でのバーチャル会議や、ワークスペースとしての「メタバース」空間の活用です。「Meta」社の「Horizon Workrooms」では、「VR」を利活用したバーチャル会議などのビジネス上のコミュニケーションと、コラボレーションツールとしての利用をアピールしています。

「Horizon Workrooms(以下、Workrooms)」では、ゴーグル形状のデバイス「Oculus Quest 2(以下、Quest 2)」を使用して、ネット上の会議室で対話する仕組みが提供されています。身振り手振りで自分の思いを表現することも可能で、利用者が見ている方向を検知することで目線が合うような感覚もあり、既存のWeb会議では実現できない、対面で会議する感覚が実現されています。

さらに「Workrooms」には、ユーザーのPCにアプリをインストールすることで、「Quest 2」と連携して「PCの画面」を仮想空間の中に表示できるだけではなく、PCやホワイトボードを認識させて仮想空間へデバイスを「持ち込む」ことが可能になっています。

この機能が提供するのは、「Quest 2」がPCやホワイトボードを画像認識して、現実世界の目の前にあるPC・ホワイトボードと同等のものを「仮想空間」に再現することです。PCからの資料を貼り付け、そこに追記することも可能で、会議で共有されたデータは独自のWebサービスと連携して、VR会議の参加メンバー内でシェアされる仕組みです。

新たなオフィス空間としての「メタバース」

これまで、テレワークでのコミュニケーション手段はチャットツールやWeb会議システムが主流でしたが、こうしたツールでは、従来のオフィスのように隣の席の同僚に話し掛けることは難しく、オフラインと比較してコミュニケーションの機会が減少する懸念が指摘されてきました。

しかし、「メタバース」には「場」の概念が存在するため、「メタバース」内の職場でアバターとなって活動することで、より気軽なコミュニケーションが可能になります。「メタバース」がもたらすオフィス空間では、自宅に居ながら、職場の同僚と一緒に働く、在宅・在勤等の勤務形態を超えた、ハイブリッドワークを実現させる可能性があります。

VRゴーグルの重さ問題など、デバイスに起因する課題がクリアされた後には、自分自身の「アバター」を介して、「メタバース」内のオフィスで日常的に活動することで、リアルな働き方がバーチャルな「仮想空間」に代替されていく、そんな日常が現実のものになるかもしれません。

「メタバース」というと、専用のゴーグルなどを用いたVR(仮想現実)をイメージされるかもしれませんが、現在提供されている仮想オフィスサービスでは、VRゴーグルなど専用のデバイスがなくても利用可能なものも登場しています。

アメリカ発のバーチャル空間サービス「Virbela」は、VR機器は不要で、自分に似せたアバターを設定して「メタバース」上のオフィスで活動するシステムです。セキュリティ面も配慮されており、アバター同士の会話は保存されないため、機密性の高い情報を取り扱う業務にも適応した仕組みになっています。

そして、一般的なオンライン会議システムでは、複数の発言が重なると聞こえづらくなる課題がありましたが、「Virbela」では話し掛けられた方向と距離を疑似的に再現していますので、マイク付きのヘッドホンを利用することで、右から話し掛けられた時は右耳に声が届き、遠くにいるアバターの声は小さく聞こえるなど、まるでリアルな職場に居るような感覚を実感することが可能になっています。

また、マイクロソフトが提供する「Mesh for Microsoft Teams」では、このシステムを単なるWeb会議用ツールとして活用するのではなく、「メタバースへのゲートウェイ」として位置づけ、リアルな人物とアバターが混在するミーティングや、メタバース空間でのプレゼンテーションなど、他のサービスとの連携を目指しています。

「メタバース」がもたらす新たな創生

コロナ禍を経て、様々な分野で「DX」の必要性が叫ばれていますが、表現方法は異なるものの同様の指摘は10年、20年前からありました。そしていま、内閣府では、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を2050年までに実現するとコミットしています。

「メタバース」の仕組みを利活用することで、オンラインでのコミュニケーションをこれまで以上にリアルのコミュニケーションに近づけることが可能になり、「メタバース」の特性を活かすことで、現実の世界では難しい体験の提供や表現の幅の拡張など、従来ではあり得ないサービス・体験の提供が可能になるかもしれません。

ハイブリッドワーカーにとっての命題は、我々はなぜ、職場に出向いて仕事をするのか、原点に戻って考え直すことではないでしょうか。そして「メタバース」によって、様々な形態のバーチャルリアリティが統合し、連携・増幅・ミクスチャーすることで、生まれる「新たな創生」に期待したいと思います。

近い将来、「メタバース」そのものが、次世代のインターネット空間と認識され、仮想空間「メタバース」による「三次元」情報のオフィスが、リアルな現実世界のオフィスを凌駕するようになり、「出勤」という概念そのものが大きく変貌しているかもしれません。

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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