コラム
経営に役立つ原価管理
-第5回 IoT/AIで急速に進化する原価管理の情報価値向上-
2019年5月
原価低減と現場改善へのモチベーション向上
今回は、IoTやAI等、4次産業革命が急速に普及拡大する製造業で進化する原価計算の情報価値向上について解説します。
これらの4次産革技術登場以前のIT基盤では、第3回で解説しました活動基準による製造現場情報収集が、現場の要員工数や情報精度の制約で実施できませんでした。本来あるべき原価計算は生産活動の数量尺度に基づく活動基準原価計算です。本稿は、あるべき活動基準原価計算をIoTやMESを活用してどのように製造業の利益創造に寄与させるかのために、筆者が提唱を始めた「IoTベースド活動基準原価計算」の効果と方法論を紐解くものです。
(1)様々な原価計算の体系を俯瞰
本シリーズの最終稿ですので従来型の原価計算や本稿の活動基準原価計算も含めて、様々な原価計算の種類を一表にまとめました。(図表22)
図表22の例では、製品の総製造原価は100ですが、無駄な原価が20と測定された場合は、製品の実力である正味原価は80となります。
この中で原価計算基準による従来型原価は、生産資源の形態別の消費額で計算され吹出しで示した部分です。
一方、生産の活動内容で測定した原価は、正味80と無駄20で合計値は100で一致しますが、生産資源消費原価とは内訳が異なります。
結論から言うと、経理部門からは生産資源消費原価が要求され、生産部門からは生産活動のための活動別原価が求められるということになります。図表23で、その違いを比較してみます。
しかし、原価企画や原価分析等の製品戦略策定のためのPDCAサイクルでは、活動基準と資源消費基準の両者のマトリクスで統合した原価表が同時に必要であること(図表24)は第3回でも説明させていただきました。
また第3回、図表10の生産活動を(1)顧客価値創造活動、(2)品質管理活動、(3)付随的な活動の3区分に区分する必要であることも忘れてはならないことです。
製品収益力の実力値は限界利益を製造時間で割った値でないとわからないことは第2回(図表3)でご紹介致しました。
これらの製造業の収益力を向上する有効なツールは、IoTによる活動測定で情報精度が向上し自動による効率的な計算が可能になります。
(2)MES/IoTにより活動時間を捉える
図表24や第3回(図表9-1)のマトリクス原価表は、生産改善での基盤情報ですが、横軸の活動時間(数量)をどうやって的確に測定するかが長年問題でした。
従来の方法は、手作業で生産日報から捉えるしか方法がなく、精緻化すると現場の負荷が高いが故に運用困難として実現されませんでした。
しかし近年のMESやIoTの普及でそれが可能になってきたのです。
そこで活動基準原価計算実践はMESやIoTが必須となるので、筆者は「IoTベースド活動基準原価計算」と呼ぶことにしました。
(3)活動基準原価ビッグデータから、AIや統計解析ツール活用で最適解を求める
また収集されたデータ量は粒度が時間単位で細かくなり工程管理情報のビッグデータとして蓄積されます。データはAI等のツールで様々な生産改善の用途に活用されることになります。
図表26「原価差異でロス可視化とIoT/AIの活用」は、生産ロスを標準原価計算や予定定原価計算の原価差異で捉える考え方です。
標準原価計算で実施するロスの原因別に集計される原価差異は、MES/IoT活動基準原価計算で画期的に精度が向上します。
図表27「原価標準値更新モデル」は、発生した実際原価情報からAI等で異常値を除去し、正常化した実際原価から標準値を計算する考え方を示したものです。
品質原価管理で、品質適合投資で品質不適合原価が、どれだけ削減できるかは、両者の原価を情報収集して、第4回図表13「品質原価投資最適化モデル」による最適な品質原価投資額をAI等で解析する必要があります。
日々の購買明細ビッグデータから、材料単価の変動要因をAI等で解析します。このプロセスは第1回図表1-2「材料価格変動要因解析」で解説させて頂きました。
操業度差異は、削減可能値として原価計算で可視化できますが、その数値は即座に増収増益を可能にするわけではありません。
操業度差異時間はまとまった時間として顕在化しません。これをまとまった単位で再配置するには、スケジューラを使って試行錯誤で工順を再設計知る必要があります。しかしAIを活用すれば製造活動ビッグデータから瞬時に、最適再配置案を導出することができるでしょう。IoTは生産活動のビッグデータを収集できますが、それを増収増益に結び付けるのはAI等での知能が必要なケースがあります。(図表28)
(4)IoT/ AI活用を踏まえての活動基準原価計算の基盤整備要件
IoT/ AI活用を踏まえての活動基準原価計算の主要な計算要件をまとめると以下の業務再構築が必要となります。
- 活動は「顧客価値創造活動」「品質管理活動」「付随活動」に区分し、その区分の下で原価として捉えたい活動単位を定義していきます。区分の目的は以下の通りです。
- (1)顧客価値創造原価はLT短縮も購買原価削減も慎重な検討が必要で、コストダウンより競争優位性向上を検討すべきです。
- (2)品質管理活動原価も品質向上投資が全体の品質不適合原価を削減する効果を検討すべきでしょう。
(1)(2)ともやみくもなコストダウンは売上低下や品質不経済によるコストアップを招くリスクがあります。
なお活動には生産技術上変動できる時間と変動できない固定時間の二種類があるので予め見極める必要があります。 - 活動原価計算は@加工配賦率(活動単価)×活動数(時間や加工数)で計算します。
- 加工配賦率(単価)は、期間ごとに前期実績から正規化され予定値としてマスタファイルに設定します。
正規化されるとは、異常値を除去した正常実際値の平均値などの統計量が使用されます。
また生産活動がすべてMES/IoTで計測されれば自動で集計されることとなるでしょう。 - 製造の直接労務と製品に作用する直接的な設備の生産活動は、@加工配賦率(活動単価)×活動数(時間や加工数)で計算しMES/IoTを通じて自動集計されます。
- 製造間接活動は、製造ラインに隣接している活動は、間接労務も間接経費も自動集計可能です。
- (1)間接労務は、製品に対する支援時間数など適切なコストドライバーを定義して、製品ごとの製造オーダーごとのドライバー活動数をMES/IoTで集計することで原価が計上できます。
(例示)検査費=検査配賦率5,000円/h×活動時間2.25 h=11,250 円 等 - (2)活動による機械費は標準または予定原価になりますが、減価償却費の製品やオーダ別配賦値と対比され、差異は原価差異で調整されます。
(例示)機械費=機械配賦率1ショット50円×13,289ショット=664,450円等
- (1)間接労務は、製品に対する支援時間数など適切なコストドライバーを定義して、製品ごとの製造オーダーごとのドライバー活動数をMES/IoTで集計することで原価が計上できます。
- 製造ラインに隣接しない共通設備等の間接費は、従来通りの減価償却費等の製品への配賦計算にします。
- 原価情報の可視化は活動原価×資源消費原価の二次元のマトリクスに展開し製品原価構成をセル単位で可視化します。
- 実際原価-{@加工配賦率(活動単価)×活動数(時間)}で計算される活動別にとらえきれなかった原価は、操業度差異に計上し、余剰能力として生産資源価値を可視化します。
分散している操業度差異は定期的にスケジューラ等で集約し余剰資源(設備+人)の収益活用を受託生産など原価企画の一環として検討することで増収増益の源になります。 - 操業度差異は、経理的な視点によるロスとして目の敵にするのではなく、経営的な視点で隠れた資源として再認識する発想の転換が企業価値向上の為に求められるでしょう。
(5)その他の活用にあたっての留意点
- 活動原価は、最近締結が進んでいる日欧EPAやTPP締結国への関税当局への優遇関税を享受するための、原産地証明基準を得る意味でも、国内生産比率の基準クリアを証明する重要な情報源となる認識が必要です。
- 活動単位は着手⇔完了までの標準時間、MES/IoTから計測される正常実際時間から測定される正常平均時間等を統計的に管理する必要があります。
- ある活動が、他の活動と並行または重複して行われる場合は、いずれか大きい時間に統合して管理します。
- 活動単位での工程でIoTなどの装備が取れない場合は、複数の活動を統合した大括りな工程単位で実際製造時間を測定する運用を予定し、活動単位の標準時間の合計と大括りな実際時間との差異を管理していきます。
- 段取活動は、測定すべき活動としてとらえます。
- 障害による休止や修繕活動の時間は負の活動としてとらえますが、MES/IoTで自動的に計測したいものです。
- オーバーホールなど計画による休止は負の活動としてとらえます。世界基準であるOEE(※注1)の測定とベンチマークのためにも重要な情報です。
- 定義された活動は「顧客価値創造活動」「品質管理活動」「付随活動」に区分して定義します。
- 品質管理活動は品質管理基準に従って、第4回図表11「活動基準による品質活動原価費目」のように定義してください。
- 活動単価は過年度正常実際原価または標準原価、予算原価から予定操業時間、通常は時間単価を設定します。
- ※注1 OEE(Overall Equipment Effectiveness)とは、公益社団法人日本プラントメンテナンス協会により提唱された「設備総合効率」の略称です。生産設備の効率を上げるために用いられる指標で、稼働率、性能、品質により算出・決定されます。(計算式:OEE = 稼働率 × 性能 × 品質)
(6)IoT活用型の活動基準原価情報活用によるキャッシュフロー・利益向上への期待値
IoT活用型の活動基準原価情報活用が、製造業のキャッシュフロー(CF)と利益向上になぜ役立つのかを説明します。
- 生産活動種別×生産資源費目でのマトリクスのセルごとに発生した原価が可視化できます。
- マトリクス単位の活動で、投入資源を変えて、製造時間を短縮するなど生産方法を変えるとCFと利益がいくら増えるか即座に可視化できます。
- 製品製造に作用する製造間接活動の費用の配賦が直課に変わり、製品別間接費の精度が高くなります。
- 今まで隠れていた操業度差異(機械と人の手待ち時間)が可視化され、増収増益に向けての有効な操業度差異の転用が開けます。
※分散している操業度差異は、スケジューラで活用可能な時間単位で集約することが望ましいでしょう。
(7)IoTベースド活動基準原価計算の活用効果総括
本章のまとめとして「 IoTベースド 活動基準原価計算」の活用効果を総括します。
- IoTで人手を掛けずに高精度の製品原価を測定/可視化できる。
- IoTで、製造時間当たりの製品利益が短時間高精度で可視化でき、儲かる製品への集中販売、儲かるためにLTを短縮すべき製品ラインを見極められる。
- IoT で高精度の原価実績から高精度の標準原価、予定原価を策定できる。
- IoTによる製品に作用する間接活動は製品別直課を行い原価計算時間を短縮する。
- IoTによる工場やラインの非稼働原価(操業度差異総)を可視化し、その余剰能力を情報提供する。
- IoTでロス把握の網羅性が高まり、改善の打ち手が的確になる。
- IoTによる活動原価可視化で原価企画による利益の作り込みや見積提示精度が上がる。
- IoTによる工程占有の待ち時間、制約による機会損失、滞留在庫によるキャッシュフローアウトが可視化できる。
- IoTによる多拠点ブリッジ生産の品目別連結原価計算が短時間高精度で実現できる。