「RPA」が同僚として共に働く日は来るのか?
~自治体におけるデジタルレイバーと職員の役割分担を考える~

「令和」元年に思う自治体情報システムの本質 [第2回]
2019年6月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

「RPA」は人に代わって働くソフトウェアロボット

最近、「RPA(Robotic Process Automation)」という言葉をよく聞くようになりました。また、これにともなって「デジタルレイバー(Digital Labor)」というフレーズも耳にする機会が増えたように思います。

「デジタルレイバー」は「仮想知的労働者」とも呼ばれていますが、これまで人間が担ってきたパソコン作業などを、24時間365日休むことなく「AI(人工知能)」を活用して自動化することで、人間の業務を補完するための仕組みです。

「デジタルレイバー」という言葉から、SF映画に登場する「AI」を搭載したロボットなどを想像する方がおられるかもしれません。しかし、いま注目されているのは、人海戦術で行われてきた大量の単純作業を自動化し、指示された業務をミスなく達成する「RPA」が持つロボットソフトウェアとしての機能なのです。

ルーティンワークをロボットが代行・再現

これまで、自治体が「情報システム」を導入する際には、現状分析や要件定義を行いシステム設計した上で実装するなど、多くの時間・経費を必要とするアプローチ手法を採ってきました。そのため、税システムが当初賦課の業務を実行し大量の納付書を印字出力するなど、限られた期間内にミスなく膨大な処理を遂行する「人が達成できない」ことに対応するためのシステム化が優先されてきました。

一方、「RPA」では「人が達成できない」ことをシステム化するのではなく、人間が実行している作業の自動化を目指すところが、従来の考え方とは異なっています。

「RPA」の実態がソフトウェアであるため「情報システム」の導入と同列に捉えがちです。しかし、その本質は人の作業の自動化であり、これまで人間が対応してきたパソコン上での作業をソフトウェアロボットに置き換えただけなのです。

「RPA」には大規模なデータを元に分析・判断する能力はありませんが、「Excel」のマクロのように、コマンドに沿って一定のルールや作業を覚えさせるだけで、プログラミングなどの専門知識を持たなくても、誰でも利用することができる利点があります。

そして「RPA」の特徴として、これまでのソフトウェアの自動化では出来ない、他のソフトウェアとシステムを連携させる機能を持っています。

これまでの自動化は、基本的に一つのアプリケーション内での処理手順に限られていました。「RPA」が既存の自動化と大きく異なるのは、アプリケーション間のAPI連携やデータベースの統合を前提にして、それぞれのインターフェースを横断して自動化できる点にあります。

つまり、各アプリケーションのウィンドウの間を飛び越えるコピー&ペーストや、システム間のデータ交換などを自動処理することが可能になったのです。

専門的なオペレーションも不要で、大規模な情報システムを構築する必要もなく、従来は人間が作業してきたルーティンワークをロボットが代行・再現することで、仕事が迅速・正確になる、これが「RPA」導入の最大の利点なのです。

「デジタルレイバー」の本質とは

言い換えれば、「RPA」は面倒な単純作業を代行するために「助っ人」として派遣された新しい「同僚」です。職場のチームに「RPA」が新戦力として加わり、単純作業の大部分が自動化されることで、人間がより付加価値の高い創造的な仕事に専念することが出来るなど、業務の優先順位を再定義する機会につながると考えられます。

「RPA」が持つ機能に注目して、いち早く導入する企業や実証実験を開始する自治体も現れています。

日本生命保険の例

日本生命保険では「RPA」の導入を契機に、加入者から提出された書面の情報を1件ずつ確認しながら手入力で登録していた業務フローの見直しを実施しています。

顧客から保険金請求や住所変更の届出があった場合、証券記号番号や手続きの種類など登録に必要な情報をバーコード化したものを書面に印字します。そして、その用紙を加入者へ送付し、書類が返送されてきた際に係員がバーコードを読み取り、データ化していました。これを「RPA」が処理することで、それまで入力ミスを防ぐために係員が二重体制でチェックしていた作業など、データ入力を担当していた25名分の作業を効率化し、1件あたり5~6分掛かっていた処理時間を約20秒に短縮することに成功しています。

愛知県庁の例

「RPA」導入の実証実験として、財務会計システムでの請求書をOCR(文字認識ソフト)で読み取り、支出金調書を自動作成した後、予算差引簿に入力する作業を自動化しています。さらに、庶務分野では受信したメールの件名に応じて、添付ファイル及びPDF化したメール本文を各担当のフォルダに格納する処理も自動化しています。

愛知県一宮市の例

特定の時期に定型的作業が急拡大する市税業務に「RPA」を導入することで、市内の事業者から提出される年間18,000件の「特別徴収異動届出書(社員の転勤・退職に伴う書類)」の記載内容をOCRスキャナでデータ化して、既存の市税システムへ自動入力する取り組みを始めています。

このように、官・民の各分野において「RPA」利活用の取り組みが進められていますが、「RPA」や「AI」が進化すると、将来は人間から仕事を奪うような存在になると懸念する声もあります。しかしよく考えると、先ほどの活用事例のように「デジタルレイバー」と人が「協働」するワークデザインを設計することで、新たな可能性が見えてくるのではないでしょうか。

「RPA」の導入と業務プロセスの見直し

システム上で作動するプログラムである「RPA」には、自動化のための指示をする必要があり、現在行われている業務の中から何をロボットに任せ、効率化していくかを見極めなければなりません。

そのためには業務全体のプロセスを見直し、具体的にどのような業務が行われているのか可視化する必要があります。

各組織においては、部署・担当ごとに業務プロセスが細分化され、明確に可視化されていないケースも多いため、「RPA」導入にあたって非常に重要なポイントとなります。

業務プロセスの見直しと可視化を行い、自動化できそうな業務を特定することができれば、その業務を運用局面ごとに標準化して、処理手順のシナリオを策定する必要があります。

「RPA」を新たな同僚として労働力の観点から見ると、即戦力になる万能選手ではありません。「RPA」は優れた潜在力を秘めた「新入職員」なのです。新人が出来ること、出来ないことを正しく理解して、最初のうちは手取り足取り仕事を教え込んで、フォローしないと業務が回らないことを認識する必要があります。

これまで我々が、人間の「新入職員」を職場に迎えた際には、一から手取り足取り仕事を教え、パフォーマンスが上がらない場合は、その問題の切り分けから対策実施まで寄り添って、人材を育成してきました。採用後の対応を間違えれば、「新入職員」は実力を発揮することは出来ないのです。これは「RPA」の導入においても同様で、成果を出すためには指導・管理する側が、「デジタルレイバー」の運用に必要なリテラシーを持っているか、それが最も重要視すべき点なのです。

三段階のレベルで進化する「デジタルレイバー」

「デジタルレイバー」には「3つのレベル」があると言われていますが、その段階ごとの違いは「学習・判断能力」にあります。現在、さまざまな業態で普及が進んでいるのがClass 1「RPA(Robotic Process Automation)」で、情報取得・検証作業や入力作業など定型的な業務作業の自動化を行います。

次の段階、Class 2「EPA(Enhanced Process Automation)」のレベルになると「RPA」が「AI」が持つ「自然言語解析」、「画像解析」、「音声解析」などの認識技術と連携することで、人間が行う「判断」の領域を一部代替することができるようになります。 例えば、コールセンターの業務で地域住民からの問い合わせを「音声認識」し、それに対する回答をデータベースから抽出する等の作業が可能になるのです。

そして、Class 3「CA(Cognitive Automation)」のレベルになると「自律型AI」との連携が進むことで、より高度な自律化が可能となり「ディープラーニング」、「自然言語処理」などを活用した、業務プロセスの分析・改善や、意思決定までもが自動化できると考えられています。

「RPA」の進展は、「AI」と融合した次世代の「R&CA(Robotics & Cognitive Automation)」サービスが現実のものとなります。これまで人間だけが対応可能と思われていた作業・業務や、より高度な業務についても人間に代わって遂行できるようになると、2025年までに事務的業務の1/3の仕事が「デジタルレイバー」に置き換わる可能性があると言われています。

自治体における「デジタルレイバー」活用基盤の創生へ

現在、ネットワークの世界では新たな要素技術が次々に登場し、クラウドシステムを中心に多様なサービスモデルが展開されています。自治体の組織内でさまざまな部署や業務に存在する「RPA」がクラウド上で連携するようになれば、それらは一つの大きな業務処理プラットフォームというべき存在となり、「デジタルレイバー」活用基盤の創生に繋がると思われます。

つまり、「デジタルレイバー」活用基盤を介して、最新のクラウドサービスから自分たちの業務に使えるものを選択し、庁内横断的に活用することが出来れば、業務の繁忙期・閑散期等の季節変動に対応した「デジタルレイバー」活用のライフサイクルが、クラウド上のプラットフォームとして現実のものとなる可能性があります。

自治体の業務では、年度当初に見積書の作成を依頼する文書を各部門の事業ごとに大量に作成することがあります。ここで作成する文書の様式はほぼ同一のため、この作業を「デジタルレイバー」に教え込んで、各部門の担当者がクラウド上で共有することができれば、全庁的に大幅な業務効率の向上が期待できます。

また、自治体の総務・財政・人事等の内部系情報を取り扱う業務では、多くの同類の定型業務が存在しています。この業務フローを「RPA」に落とし込んで、各部門が共用する基盤を構築すれば、各業務の担当者は既存のルーティンワークから解放されて、政策の策定や企画立案等のクリエイティブな仕事に時間を振り分けることが可能になり、行政サービスの質的向上につながります。

いま、我が国の生産労働人口が減少傾向にあるなかで、国際競争力を強化していくためには、既存の労働力を有効活用するための方策が必要です。しかし、ここで再認識しなければならないのは「RPA」など最新のデジタルツールの導入は、単なる業務の自動化・省力化が目的ではないところです。そして、情報システムの創成期から繰り返し言われてきた「システムはツールでありそれを使いこなすのは人間である」という本質です。

どんなに素晴らしいツールが登場しても、そこから価値を引き出すのは我々人間なのです。それは、「同僚」が「デジタルレイバー」になり、共に働く社会が現実のものとなっても変わることはありません。いまこそ、各部局が連携した運用手順の策定や適用可能な業務領域の拡大検討など、「業務改革」に向けた方向性を明確にすることが出来るのか、システムを利活用する側の我々が試されているのかもしれません。

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