リアルとバーチャルが融合した施策展開
~「観光DX」の推進と可能性を考える~

afterコロナ社会における地域情報化戦略 [第2回]
2021年6月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

コロナ禍によって不要不急の外出自粛が叫ばれ、人々がステイホームの毎日を送るなか、2020年9月に「Amazon(以下、アマゾン)」がサービスを始めた、世界各地で地元のエキスパートがガイドするバーチャルツアー「Amazon Explore(以下、アマゾン・エクスプロア)」が注目されています。

現在、利用できるのは米国内のアマゾンユーザーに限られていますが、「アマゾン・エクスプロア」では、世界の20以上の都市で、文化&ランドマーク、飲食、健康&美、自然&アウトドアなどのカテゴリーで、現地ガイドと会話・セッションしながら250以上の様々なツアーを体験できるバーチャルツアーを提供しています。

「アマゾン・エクスプロア」のサイトにアクセスすると、イタリア:トリノを体験するツアー(60分 55ドル30セント)、食通の楽園シンガポール:ホーカーセンターで屋台の食べ物を探索するツアー(30分 24ドル)、プラハのハイライト:バーチャルドライブとウォーキングツアー(60分 54ドル60セント)、東京:浅草寺で歴史を知るツアー(35分 95ドル)など、魅力的なツアーが並んでいます。

なお、東京の浅草地区を巡るツアーを予約したユーザーには、ツアー体験中にガイドと一緒に開くように指定された「エクスペリエンスキット」が事前に宅配便で配送され、ツアー中に実店舗で買い物ができるだけでなく、バーチャルとは言いながらガイドと一緒にサプライズを楽しむ「お楽しみ体験」もキットとして含まれているようです。

実際、浅草地区を巡るツアーのユーザーレビューを見ると、5つ星評価のうち5.0が多く、「そこにいるような気分になった素晴らしいツアー」「これは素晴らしいツアーです。歴史と現代のバランスを見ることができます。」「これは私の妻への完璧なバレンタインデーの贈り物でした。」など、高評価の書き込みが多く見られます。

これまでにも、インターネット上のバーチャル体験としては、「YouTube」の動画視聴や、「Google Earth」などがありましたが、「アマゾン・エクスプロア」が既存のサービスと異なるのは、インターネットを介して現地のガイドと会話・セッションしながら、観光地を巡り買い物体験もできるなど、ツアー参加者が実際に現地を訪れたような感覚を味わう仕組みを創り出しているところです。

「アマゾン」が目指すサービスの特性として「顧客中心主義」が挙げられますが、「アマゾン・エクスプロア」では、既存のeコマースのプラットフォームをより進化させて、見知らぬ土地の人や場所と出会い、新たな体験を実感できる仕組みを提供することで、これまでにない「観光体験」を創り出そうとしているのかもしれません。

地域と旅行者を繋ぐバーチャル体験

同じく、バーチャルツアー体験を提供する企業では、オランダのアムステルダムを拠点に、美術館や観光スポットの発券プラットフォームで「スマホチケット」を発行する「Tiqets(以下、ティケッツ)」では、「アマゾン・エクスプロア」とは異なるアプローチで事業を展開しています。

「ティケッツ」では、協力関係にあるパートナー施設とともに、ハロウィンやバレンタインデーなど、特定のテーマに即したバーチャル体験を各地の博物館・観光施設等で企画し、これまでに55カ所の施設でイベントを開催、計2万1,000人の参加者がサービスを利用しています。

このような特定の施設と連携したイベントの趣旨は、コロナ禍で閉鎖中の施設と、ステイホーム中の人々の繋がりを創り出し「関係性」を形成することで、自由に旅行できるようになった時のために、観光施設や地域のブランド力を訴求する狙いがあると考えられます。

この「ティケッツ」の事業展開から見えてくるのは、現地の観光施設を訪れる体験を単にバーチャルで再現するのではなく、バーチャルツアーだからこそ可能になる、実際に体験するのは難しい内容のコンテンツを提供することで、「タビマエ」のプランニングや「タビアト」の追体験など、その地域と観光施設に関心を持ち続けるような仕掛けを作り出し、旅行体験を補完することの重要性ではないでしょうか。

新型コロナウイルス感染症の拡大によって、「アマゾン・エクスプロア」や「ティケッツ」などのバーチャルツアーは、存在感を高めています。今後、国の内外を問わず旅行者を集客するには、各地域での新たな取り組みが必要になりますが、選択肢の一つとして、ネットを活用したバーチャルツアー等の手法の注目度が高まっていくと思われます。

関係性の再構築と「関係人口」

新型コロナウイルス感染症の拡大によって、テレワークの普及やWeb会議が常態化するなど、リアルとバーチャルの混在が日常化しています。つまり、afterコロナ時代では、自分達の地域が持っている魅力を時間や場所に制約されない、バーチャルツアー等の手法を駆使して発信することで、新たなファンを獲得することが可能になったとも言えます。

また一方で「定住人口」ではなく、観光で訪れる観光客等の「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わることで継続的な関係性を構築する「関係人口」の動向が注目されています。

「関係人口」とは、過去に居住・勤務などで地域との縁があり、その後も継続的に関係性を保つ人達や、観光で訪れた際にその地域が気に入って、再び来訪する機会の多い観光リピーターなど「観光以上・定住未満」の人々を総称するキーワードです。

「自分達の地域に住み続けたい」「自分達の地域へ転居をお薦めしたい」と思う、一般企業でいう「ロイヤルカスタマー」のような住民が存在すれば理想的ですが、こんな素晴らしい住民を一朝一夕で獲得することはできません。そのため「定住」を最終目的とせず、自分達の地域に関わる人々との「関係性」を構築する新たな仕組み作りが求められているのです。

2021年3月に国土交通省が公表した「地域との関わりについてのアンケート」調査結果によると、全国の18歳以上の居住者約1億615万人のうち、2割弱の約1,827万人(推計値)が特定の地域を訪問している「関係人口」として、全国を大規模に流動していることが判明しています。

「関係人口」は三大都市圏で居住者の18.4%(約861万人)、その他地域で16.3%(約966万人)と推計されます。そのうち、三大都市圏からその他地域(地方部)に訪れる人は約448万人、その他地域から三大都市圏に訪れる人は約297万人で、「関係人口」が全国で環流していることが確認されたとしています。

地域を訪れている「関係人口」の人数(市町村人口1万人あたり)と三大都市圏からの転入超過回数を対比すると、「関係人口」の人数が多い市町村ほど、三大都市圏からの転入超過回数が多く、移住者も多数存在することが確認されています。

また、「関係人口」のうち、地域での産業の創出、ボランティア活動、まちおこしの企画などに参画する「直接寄与型」の人数は、三大都市圏居住者では6.4%(約301万人)、その他地域居住者では5.5%(約327万人)となります。さらに、地域においてはイベントなど地域交流への参加、趣味・消費活動など、関わり方が多様化していることも指摘されています。

やがて、人々の往来が復活して旅行者数がパンデミック以前のレベルに戻るころ、我々は「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」などの技術によって、バーチャルだからこそ実現可能な、時間・場所等の物理的制限を排除した、新たな体験価値を提供するビジネスモデルによって、各地域の「関係人口」を増加させているかもしれません。

観光分野における「DX」の推進

いま、最先端のICTを利活用してビジネスモデルの革新を図る「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の重要性が様々な業界で提唱されています。「DX」の本質は、デジタルではなくトランスフォーム「変わること」で、これは観光の分野においても例外ではありません。

そして、人口減少型社会が進展し、新型コロナウイルス感染症の影響で停滞を余儀なくされている中で、観光ビジネスは今後もわが国の重要産業であり続けると思われます。我々は、今回の感染拡大の危機を、観光分野の「DX」を推進することで乗り越え、新たな観光産業の仕組みを構築するチャンスと捉えるべきなのかもしれません。

観光産業の「DX」では、これまでの観光の概念を「変革」するとともに、ICTを駆使した「観光DX」戦略が必要になると思われます。バーチャルツアーによるコンテンツ提供では、歴史的建造物の遺跡・遺構を損なわずに往時の姿を目の当たりにすることや、現実の時節とは異なる季節の景観鑑賞など、従来にはない体験価値を提供することが可能になります。

「観光DX」を構成する要素は、「5G」「生体認証」「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「AI(人口知能)」などが考えられます。これらの要素技術を利活用し連携させることで、リアルとバーチャルが融合した、これまでにない新たな時代の「観光体験」へ進化すると思われます。

世界最大級の宿泊予約サイト「Booking.com」の日本法人「ブッキング・ドットコム・ジャパン株式会社」が実施したアンケート「今後の旅行の展望と優先事項」によると、日本国内では新型コロナウイルス感染症がまだ収束しておらず、不安な状況が続いている中でも、ワクチン接種が始まったことで、日本の旅行者の45%は「2021年は旅行が可能だと思う」と前向きな回答を寄せています。

また、旅行者の56%が「2020年に思うように旅行ができなかった分、2021年にはより旅行に行きたい」と回答するなど、外出等が規制され自宅で過ごす時間が増したことで、より旅行に対する欲求が増加していると思われます。

現状では、感染拡大によって、移動と人の交流が伴う観光産業は深刻なダメージを受けていますが、国連世界観光機関(UNWTO)によると、国際観光収入はこの25年間、右肩上がりで増え続け、世界的な経済危機や国際的な紛争や未曾有の災害などが発生しても、一時的影響はあるとしても、ロングレンジの観点から見ると、成長が持続している産業分野と考えられます。

ICTを活用したバーチャルツアー等のコンテンツは、感染拡大防止とホスピタリティが両立した取り組みとして、観光産業に大きな構造改革をもたらすかもしれません。今こそ、既存の概念をリセットし、考え方を「変革」することで、観光分野の「DX」推進を加速化させる、地域を訪れた人々との関係性の再構築が求められているのではないでしょうか。

afterコロナ社会における
地域情報化戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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