熊本地震に対する動画配信サービスの対応がスゴイ!
~「AbemaTV」にネット配信の可能性を見た~

テクノロジーとイノベーションの協奏と共創 [第3回]
2016年6月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

熊本地震の情報発信

2016年4月14日 21時26分、熊本県を中心に九州地方において、相次いで地震が発生した。
この時、スマートフォン向けインターネット放送局「AbemaTV」では、通常編成を変更して、テレビ朝日のニュース番組などの同時配信を開始し、その後も「AbemaNewsチャンネル」を通じて24時間、震災に関連した情報発信を続けました。

これに呼応するような形で、NHKは総合テレビの番組を「NHK NEWS WEB」でサイマル放送を開始し、携帯キャリア大手3社も災害伝言板を設置したほか、熊本県内で公衆無線LANを無料開放しています。

AbemaTVとは

「Abema(アベマ)TV」は、ブログサービス「アメブロ」で有名なAmeba(アメーバ)を運営するサイバーエージェントとテレビ朝日が共同で設立し、2016年4月11日に開局したインターネットテレビ局ですが、サービス開始直後に発生した、熊本地震への素早い対応が大きな話題となりました。

今回の「AbemaTV」の対応が賞賛されるべき点は、緊急時の対応としてCMなしで「生(リアルタイム)」でニュースを配信し続けたところです。災害時、被災者にとって先ず必要なのは情報ですが、停電などでテレビを見ることが出来ない状態でも、常時持ち歩いているスマホで、最新のニュース・情報などが得られることは重要な意味合いを持ってきます。

これまで、ネットとテレビの融合というと、テレビでYouTubeを見ることができる、iTunesで購入した音楽や映画をテレビで視聴する、iCloudに保存した写真やビデオをテレビで見るなど「テレビのパソコン化」が主流になっていました。

しかし、「AbemaTV」はまったく逆の発想で、スマホやタブレットなどの「ネット端末をテレビ化」するサービスモデルを提供しています。

スマホやタブレットなどに、「AbemaTV」のアプリをダウンロードしておけば、登録不要、ログイン不要で、見たいと思ったらすぐに番組の視聴が可能です。アイコンをタップするだけで、手持ちのデバイスが一瞬で「テレビ化」するのです。

これまでにも、ガラケー(フィーチャーフォン)の一部機種でテレビのワンセグ放送を見る機能がありましたが、「AbemaTV」はありそうでなかった「手軽さ」を売りにして、いつでもどこでも無料でテレビ番組が楽しめる環境を作り出し、これが今回の熊本地震のような緊急時に使えるツールとして活用されたのです。

既存の動画配信サービスとAbemaTVの違い

この「AbemaTV」、既存の動画配信サービスとどこが異なるのでしょうか。これまでは、動画配信などの映像コンテンツといえば、YouTubeやニコニコ動画が広く知られています。また、最近では、HuluやNetflix、Amazonなど、会員に向けて有料で映像コンテンツ配信するサービスが増加しています。

「AbemaTV」が、既存サービスと最も異なる点は、配信する動画コンテンツを「生(リアルタイム)」を中心にして構成しているところにあります。つまり、我々が普通にテレビを見るように、早送りもできない、巻き戻しもできない、番組表に基づいて、リアルタイムで映像が配信されて行くのです。

また、テレビは無料という観念が強く、お金を払ってテレビを見ることに抵抗感を抱く人々も未だに多い現状に対して、「AbemaTV」の1日24時間、全24チャンネルのコンテンツが全て無料というコンセプトは大きなアドバンテージになると思われます。

ユーザーインターフェイスもよく考えられていて、スマホで視聴する場合は、画面を左右にスライドさせることでザッピング視聴もできるようになっています。このように新しいデバイスを使いながら、チャンネルを切り換えてテレビを見るような、「テレビ感覚」を残しているところは、若者層だけではなく、中高年世代も意識した作り込みがなされています。

このような操作感によって、本来のテレビ放送でしか得られなかった、いまだけの「限定感」、見たい番組が放送されるまで待つ「期待感」、そして他の視聴者とともに同じ時間に、同じ番組を見る「共有感」を醸成することに成功しているのです。

そして、肝心のコンテンツについては、ニュースだけではなく、スポーツ・ドラマ・アニメ・音楽など、全24チャンネルの番組を24時間無料で配信しています。

私はいつも、緊急時に対応するためのシステムを構築しても、日常的に利用していないシステムは緊急時に使ってもらえないとお話していますが、今回の「AbemaTV」のサービスモデル展開には、まさに我が意を得たりの感があります。

AbemaNewsチャンネルでは、テレビ朝日報道局のニュースを24時間ネット配信していますが、例えばアニメジャンルでは、「スラムダンク」、「化物語」、「弱虫ペダル」、「21エモン」、「らんま1/2」なども視聴できるなど、他のジャンルにも力を注いでいますので、ユーザー層の中心を「スマホ世代」に設定しているようです。

NHKもニュースをネットでリアルタイム配信していますが、緊急時においても、普段からアニメなどのコンテンツを視聴している、使い慣れたアプリのニュース配信に軍配が上がると、私は考えていますが如何でしょうか。

私が想定するユーザーの生活シーンは、Facebookやtwitter、InstagramなどのSNSを一通り回遊した後に、「AbemaTV」を見るという利用形態です。ユーザーが利用するアプリの二番手か三番手になる、ファーストチョイスではないが、日常的に使ってもらえる路線を狙っていると思われます。

HuluやNetflix、そしてYouTubeはストック型のサービス展開ですが、「AbemaTV」では、フロー型のサービス展開を目指しているように見受けられます。従来からあるテレビを見るのと同じスタイル、チャンネルを回して興味がある番組を見る「受動的」視聴スタイルを踏襲しているのです。

YouTubeなどのストック型メディアは、自分が見たい動画を探しだす必要があり、利用した際の満足度はユーザーの検索能力に大きく依存することになります。しかし、「受動的」視聴スタイルを提供する「AbemaTV」では、ユーザー側が受け身なのに加えて、メディアを供給する側がコンテンツを管理できるため、一定の品質を確保することが容易になります。

乱暴な言い方になりますが、コンテンツが普及するためには、「中毒性」または「必要性」の高いことが重要な要素になると、私は常々考えています。電車の中などで、スマホゲームに興じている人達は、正にこの「中毒性」にハマっているのです。

生活シーンの中で、空き時間にニュースをチェックするために「AbemaNewsチャンネル」を見たり、ちょっとした息抜きに動画コンテンツを見る行為が日常的なものとなれば、「必要性」の高いアプリとして認知されるのではないでしょうか。

検索など何らかのアクションを必要とするサービスよりも、単に「楽」であるという理由で無意識に「AbemaTV」が選ばれ、暇な時に見てしまうという「中毒性」が誘発されやすいサービスになることも考えられます。

今回の「AbemaTV」のサービスモデルを端的に表現すれば、スマホの中に「従来のテレビ」を作ったことになります。そして、ユーザーのテレビを見る「視聴リズム」をスマホの利用形態と結びつけることで、シンプルなサービスとして完結させています。

リアルタイム配信のプラットフォームを無償提供

そして、「Abema TV」の取り組みで注目すべきもう一つのポイントは、「AbemaTV FRESH!」の中で、ライブ動画を配信したい人達に向けて、そのプラットフォームを無償で提供しているところです。

「AbemaTV FRESH!」のトップページから、「チャンネル開始を希望する方はこちら」をクリックすると、「AbemaTV FRESH!は生放送に特化した「映像配信プラットフォーム」です」とあり、特徴として・高画質配信が可能(最大2M)・タイムシフト期限なし・容量制限なし・他プラットフォームとの同時配信が可能であり、「チャンネル開設にあたり費用は一切かかりません」と記載されています。

現にジャパンオープンを主催した日本水連では、無料で利用できる「AbemaTV FRESH!」のシステムを活用して競技の模様を中継していますし、その他にもマイナーなスポーツ競技の大会を主催する団体などでは、試合の様子をリアルタイムで配信しています。

同様の動画配信サービスでは「ニコ生(ニコニコ生放送)」が有名ですが、「ニコ生」は官房長官記者会見や国会の委員会中継などの「政治路線」で実績がありますので、「AbemaTV FRESH!」には、「スポーツのリアルタイム配信」分野で活躍することを期待したいと思います。

また、このリアルタイム配信のプラットフォームは「無償」で利用可能ですので、自治体関係者もイベント会場からリアルタイムで会場の状況を発信するなど、様々な角度からこのシステムの活用方法を検討されても良いと考えます。

動画コンテンツのネット配信については、以前のコラムにも書かせていただきましたが、通信技術の進展によって、従来とは異なる視聴スタイルを手に入れることが可能になった現在、コアな部分においては、ユーザーが求める良質なコンテンツを配信することがサービス事業者の王道であり、我々ユーザー側には膨大に膨れ上がったコンテンツをキューレーションする技量が問われているように感じています。

熊本地震発生時における、「生(リアルタイム)」にこだわった情報発信が話題となった「AbemaTV」ですが、この動きは、テレビ番組がバラエティー中心になり、見応えのあるコンテンツが供給されない現状から、テレビという媒体が本来持っている「生放送」という本道に戻ろうとしているように思えてなりません。

近年、「テレビが面白くない」という声を耳にしますが、その背景には番組企画のマンネリ化や、テレビ番組自体の質の低下、規制の強化、番組制作費の減少など、さまざまな要因があると思います。しかし、今回の「AbemaTV」のように、サービスを再構築するような発想で情報発信に取り組めば、新たな展開が見えてくるのではないでしょうか。

昨年から、ネット配信大手のNetflixやHuluなど、各種の動画配信サービスが次々と出現するネット配信の戦国時代に、「無料のインターネットテレビ局」を旗印としてサービスを開始した「AbemaTV」ですが、今後はテレビよりも刺激的・挑戦的なコンテンツを我々に見せて欲しいと思っています。

民放テレビ局が運営に絡むことで、スポンサー集めや既存コンテンツの活用という点において、プラスに作用する面も大きいと思われますので、比較的規制が緩やかなネット配信の特性を活かしながら、既存の放送局では実現出来ないような番組の製作に期待したいものです。

今回のコラムでは、「AbemaTV」のサービス展開を例として考えてきましたが、従来から、キラーコンテンツは、リアルタイムにこだわった「生放送」と、その時の「生」の状況を活写した「ドキュメンタリー」に尽きると、私は考えています。

今後は、動画配信の世界で独自のドキュメンタリー路線を推し進めている「ニコニコドキュメンタリー」と「生(リアルタイム)」にこだわりを持つ「AbemaTV」が互いに切磋琢磨し合うことで、セレンディピティに満ちた素敵な偶然に出会えるような、ワクワク・ドキドキする、刺激的なコンテンツ体験を我々に与えてくれることを祈っています。

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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