「Society5.0」時代のスマート自治体像
~2020年から20年後の公共の姿を考える~

新時代に向けた地域情報化政策の方向性 [第1回]
2020年2月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

「Society5.0」とは

今年から20年後の2040年には、団塊ジュニア世代が65歳以上になり、85歳以上の人口が高齢人口の3割を占めるなど高齢者人口のピークを迎えます。一方では、生産年齢人口比率の減少が加速することで労働者人口が半減し、1.5人の現役世代(生産年齢人口)が1人の高齢世代を支える社会が到来します。

このような、将来の日本が抱える社会的課題に対応する方策として「AI」、「ロボティックス」、「ビッグデータ」などを先進的に利活用することで「Society 5.0」社会を実現することや、地方においては「スマート自治体」への転換が必要とされています。

「Society5.0」とは、これまで人類が経験してきた4つの社会、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く我が国の新たな社会の姿として、第5期科学技術基本計画において提唱されたものです。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)の実現を目指すものです。

しかし原点に立ち返って考えると、自治体が目指すものは地域に暮らす住民の生活を維持し、明日も今日と同じよう生活できる、生きる場としての「地域」を保障することであり、これは人口規模が縮小しても変わることはあり得ません。

極論すれば、個人に対する年金や医療・福祉・年金等の社会保障制度が破綻することなく機能しているのであれば、少子高齢化と人口減少が進む自治体や集落であっても「危機」に瀕することはなく、本当の意味で「危機」が訪れるとすれば、それはこのような社会保障の仕組みが維持できなくなった時ではないでしょうか。

「Society 5.0」時代の課題

「Society 5.0」時代には、「ビッグデータ」を踏まえた「AI」や「ロボティックス」が人々に代わって日々の煩雑な作業を代行・支援することで、人口減少による「労働力の厳しい供給制約」にも対応できるかも知れません。そのためには、「業務のあり方を変革」し、「自治体として本来担うべき機能が発揮」できるような「仕組みを構築する」ため創意工夫する必要があります。

かつて大型汎用機が主流の時代には、システム導入によって職員が行う単純反復作業が削減され、その後のICT関連技術の進展では業務量を削減するだけではなく、作業の質や量を高度化する業務支援ツールとして機能してきました。

ここで留意すべきは、「AI」は人間が持つ特定の能力を拡張したものであることを認識し、過剰な期待を抱かないことではないでしょうか。また、職員が行う業務を「AI」が代替し続けることによって、時間の経過に伴い業務を遂行するためのノウハウや経験知を喪失し、「AI」の判断が適切か否かを評価する能力を部分的に欠く可能性もあります。そのため、職員の側には「AI」が行う業務をブラックボックス化させないように、監視・制御する新たな業務が発生することも認識しておくことも重要です。

AI活用の観点から考えると、効率性とコスト優先が目の前に広がり、地方自治の本旨と民主主義が後退していくように見えます。繰り返しになりますが、AIは自分で自治体の仕事ができるわけではないのです。AIを使えば住民サービスの質が自然に改善されるわけではありません。AIをどのように使うのか、AIを利用してどのような住民サービスを実現するのか、自治体職員には「AI」を使いこなす技量が問われているのではないでしょうか。

自治体システムの標準化とカスタマイズ

自治体の業務は法律に基づいているため、「自治体システムの標準化・共通化」を推し進めるべきとする論調があります。しかし、そもそも自治体はなぜ情報システムをカスタマイズするのでしょうか。各省庁はそれぞれの所管に応じて、課税、社会保険、医療、福祉、学校教育などを制度化し、これらの制度はほぼ毎年法改正を繰り返すため年々変化します。

これに加えて、自治体では地域の事情や特性によって地域独自の施策を付加し、地域住民に寄り添ったサービスを提供するために、業務システムをカスタマイズしなければ日々の業務が廻っていかないのが現状なのです。

独自にシステムをカスタマイズすることを敵視し、自治体の多様なあり方を問題視するような風潮もあります。しかし、多様な地域社会を反映すれば多様な施策展開になるのは当然の帰結で、このような動向に対して「標準化・共通化」を押し付けようとすれば、自治体の自立性を奪うことになるのではないでしょうか。

新たな公共システムの構築に向けて

いま世界に目を向ければ、ヨーロッパではGDPRが策定され、中国はグレート・ファイアウォール(金盾)を敷き、エストニアは独自の電子政府モデルを進展させるなど、デジタルガバナンスによる地政学上の変化が見られます。そして、我が国のマイナンバー制度が示唆する好例として、インド政府が推進する公共デジタルインフラ「India Stack(インディア・スタック)」があります。

「India Stack」は、国民の誰もがオンラインでサービスを受けられる公共インフラを目指して、2014年から本格的な取り組みが始まり、2018年までに12億人がデジタルIDを取得、認証は月間10億件、決済は1日に3億件行われると言われています。

「India Stack」では、デジタルIDの付与、個人の認証、決済、データ共有など複数のレイヤーから構成されるシステム構造全体の仕組みを整理しました。さらに、サービス提供のプロセスを見直すことで、多くのプレーヤーがシステムのプロセスを理解し共有することが出来るようにしました。これにより、中央政府と各州政府、地域の各種事業者など、サービス提供事業者が協働して新たなプラットフォームを作り上げています。

端的に言えば、インド政府は新たなデジタル公共財を通じて、オープンで民主的なガバナンスモデルを作り上げようとしているのです。ここで注目すべきは、政府がIDや決済基盤などのデジタル公共財を提供し、それによって民間のサービス供給を増加させるという「理念」に基づいて、一貫してシステム全体がデザインされているところです。

生活圏に根差したプラットフォームの形成

今後、生産年齢人口の減少にともない、自治体内部においても職員数が大幅に減少する可能性があり、少数精鋭の職員が最新技術を使いこなして地方公共団体としての責務を担う、「スマート自治体」への転換が求められると思われます。

そのような状況下では、自治体職員が持つ業務遂行のナレッジやノウハウを結集させる地方公共団体同士の「協働」が必要となります。その根底には自分達の地域に根差した「生活圏」全体でマネジメントを支えるようなプラットフォームを検討すべきではないでしょうか。

「スマート自治体」においては、定型業務の自動化が格段に進行し、「AI」「ビッグデータ」が政策立案に活用されるなど、人的リソースは省力化されていくと思われます。そして、職員が官民共同のまちづくりに注力できるような環境を構築するための、「生活圏」を意識した自治体の「協働」を支援する仕組みが必要と考えます。

この仕組みがいまでいうところの「自治体クラウド」に相当するのかもしれません。

「自治体クラウド」を単なる経費削減のツールとみなすのではなく、単一の自治体にとどまることなく、複数の自治体が「生活圏」の情報を集約し、地域の魅力を高めるための政策立案に向けて、各種のデータに基づく新たな政策推進を支援する仕組みに昇華させるべきではないでしょうか。

スマート自治体と将来の自治体像

自治体が大きな変革期を迎える今後、自分たちの地域を魅力ある「生活圏」にしていくには、高度成長期から連綿と続く既存の概念には収まらない、大幅な発想の転換が必要と思われます。

時代が拡大から縮小へ向かう中、目指すべきはスマートに凝縮しながら、自治体と自治体、地域の事業者などが連携して、様々な分野の産業を横断するような「生活圏」に根差したサービスモデルの創生ではないでしょうか。

世界に目を向けると、システムのオープン化の進展とクラウドサービスの普及によって、様々なシステムが「所有するもの」から「利用するもの」へと変貌を遂げています。そして、サービスの主体は、あくまでもサービスを利用するエンドユーザーであることを前提にした「ユーザー起点」のシステム開発が進められています。

「Society5.0」の時代は、あらゆるモノがインターネットにつながり、リアルタイムで情報・データのやり取りを可能にする「IoT」が特別なものではなくなります。これにより、経済・社会の広範な領域で横断的に利活用することで、社会的課題の解決を図り「新たな暮らし価値」を創出する「スマートシティ」構築へ向けた動きが加速すると思われます。

我が国の政府は「Society5.0(超スマート社会)」へ向かって、すべての関係者が足並みをそろえ、一気に日本のデジタルシフトを前進させることを提唱しています。そして、これからの住民生活を支援する事業モデルには、オープンな連携が不可欠になると思われます。地域住民の様々な生活シーンを下支えし、住民サービスを展開するには地域のステークホルダーが連携することが肝要になります。

人口減少型社会が進展する中で、地方自治体が既存の発想でこれまでの延長線上の施策展開を続けていくとすれば、住民サービスの提供はいずれ限界に達し、先行きが見えない状況が訪れると思われます。

急速に進む人口減少・少子高齢化を背景とした、社会構造の変化に対応するためには、ユーザー目線を尊重する姿勢や、既存の概念を突き抜けるような、斬新な発想に基づく地域社会の活力維持に向けた取り組みが必要なのです。

内閣府は「ソサエティ5.0」をサイバー空間とフィジカル空間との融合と位置づけています。ICTのさらなる発展により、従来は個別に機能していたモノが、サイバー空間を通じてシステム化されます。流通や交通、健康医療や金融、公共サービスに至るまで、自律化や自動化が可能になり、人の働き方やライフスタイルが一変するとされています。

今後目指すべきは、「Society5.0(超スマート社会)」へ向かって、各システムがネットワーク上で連携し、領域・業態等を超えたデータの利活用によって、新たな価値観・サービスモデルを創生する、「生活圏」を意識した自治体の「協働」ではないでしょうか。

新時代に向けた地域情報化政策の方向性

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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