「コロナショック」がもたらしたもの
~新たなる日常と観光政策を考える~

新時代に向けた地域情報化政策の方向性 [第8回]
2020年9月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

昨年公開された邦画・洋画を通じてトップ記録を達成し、映画興行収入140億6,000万円を突破した、新海誠監督のアニメーション作品「天気の子」をご存知でしょうか。映画がヒットするには、時代を反映する何らかの要因があるのではと、常々考えていますが、新海監督がこの作品に込めたメッセージは「自然が持つ強大な力に対して、我々人間はどのように対峙していくのか?」ではないかと思っています。

低気圧が通過して嵐になる、集中豪雨が発生するなど、自然の摂理は人知を超えたものです。しかし、それを人間の勝手な思いで強制的に止め続けたら「ネガティブエネルギー」が蓄積して、それが限界に達した時、東京が大雨で水没してしまった。これが「天気の子」のストーリーの概略です。

この作品では日本古来の「巫女」のような存在として、「晴れ女」のヒロインが登場し、自然の猛威を鎮め天と通じることができる「天気の巫女」として描かれています。そして、物語の終盤ではヒーローが「天気の巫女」を救うのか、東京を自然の猛威「大雨」から守るのか、「個人の救済」と「社会生活の維持」が対立する中で、重大な選択を迫られることになります。

我々人類は経済活動を発展させるため、効率化を追及して大都会に人口を密集させ、自分達に都合の良い「変わらない仕組み」を作ろうとしてきました。しかし、このような行為は、もし自然界に人間のような意思があるとすれば、その意思に反しているのかもしれません。

古来人々は雨によって、悪いもの「不浄」なものが洗い流され、清められると信じてきました。自然界に「ネガティブエネルギー」が溜まり過ぎて、バランスが大きく壊れた時、何らかのかたちで「異変」が発生するのかもしれません。そのように考えると、今回の新型コロナウイルスの蔓延は、自然界が人類に対して警鐘を鳴らしているとも考えられます。

Withコロナ時代の優先課題

今回の新型コロナウイルスによる感染症拡大は、我々の社会に世界規模での大きな変化を巻き起こしています。そして、先行きが不透明な現状の中、確実な見通しを持つことは困難であるものの、感染症拡大で顕在化した課題を克服した後の「新たな日常」の在り方を模索する動きが現れています。

7月8日に開催された政府の経済財政諮問会議において、2020年版「骨太の方針」原案が示されました。この基本方針の中では、新型コロナウイルスの感染拡大で社会全体のデジタル化の遅れが改めて浮き彫りになったと指摘した上で、まずは行政のデジタル化を最優先課題とすることが提示されました。

これからの1年をデジタル化の集中改革期間と位置づけて、行政手続きをオンライン化し、書面や押印をいらなくするよう見直しを進める。それとともに、東京一極集中を是正して地域の活性化を図る「多角連携型」の国づくりを目指すことや、国内外でサプライチェーンの多元化を進めることなども盛り込んでいます。

具体的には、マイナンバーカードについては2022年をめどに、生涯にわたる健康データを把握できるようにすることや、外国人の在留カードと一体化することなどを検討し、来年中に結論を得るとしています。

また、テレワークの定着を図るため新たな指標を策定して、中小企業での導入を支援することや、高校や大学でのオンライン教育を進めるため、単位取得のルールの見直しを検討することなども盛り込んでいます。

我々はいま、様々なリスクに対して事業の継続性確保を基本としながら、日本独自の強み・特性を活かした「ニューノーマル」の構築に向かって、未来を先取りする変革への取り組みを始めることが不可欠ではないでしょうか。

生活シーンの変化と観光の動向

「ニューノーマル」と呼ばれる、新たな日常の世界では、ウイルス感染防止のため可能な限り接触を減らすのが原則となり、ネット通販の利用者が増加し、非接触を徹底するための「置き配」や「宅配ボックス」の利用など、非接触でサービスを提供する経済活動「非接触エコノミー」が拡大していきます。

それとともに、「3密」を避けるためテレワーク・リモートワークの普及や、「Zoom」などを利用したWeb会議の常態化、セミナー等のオンラインでの開催など、様々な生活シーンが「非接触エコノミー」へとシフトしていくと考えられます。

また、社会全体の先行き不安が常態化し、一段と倹約志向が強まる一方で、自粛疲れ・倹約疲れも出るため、「倹約」と「出費」を天秤にかける「メリハリ消費」や、無用な外出・長距離移動を控える傾向が続いている中で、旅行したいという欲求を満たすため、費用を抑えながら、近場へ短期間出かける「安・近・短」な「小旅行」が人気を集めると思われます。

世界観光機関によれば、世界の国際観光客到着数も国際観光収入もこの25年間、右肩上がりで増え続けています。観光産業は、世界的な経済危機や国際的な紛争、あるいは膨大な数の人が犠牲になる未曾有の災害などが発生しても、一時的な影響はあるとしても、ロングレンジの観点から見ると、成長が持続している産業分野と考えられます。

2004年末死者が合計22万人を記録したスマトラ沖地震において、アジアの観光立国として注目されている「タイ」では、外国人観光客を含む8,000人以上が死亡し、観光業は大打撃を被りました。2005年2月時点では、プーケットなど3県のホテル客室稼働率は10%程度まで激減し、当時は50万人の従業員が失業すると言われていました。

しかし、現実には2006年のプーケットへの観光客数は450万人となり2005年から79.4%増加、その後も「タイ」国内では洪水や軍事クーデターなどが発生するたびに、観光業が大打撃を受けながらも成長は持続しています。2018年の国際観光客到着数は3,800万人となり、世界ランク9位、観光収入は、「アメリカ」「スペイン」「フランス」についで世界4位を記録しています。

観光産業は輸出入などの物流業と比較すると、その構成要素がシンプルなため、落ち込みが早い反面、回復期の立ち直りも早い傾向が見られます。「タイ」の事例のように、恵まれた観光資源を活かし、それを世界に訴求していけば、早期のインバウンド回復も可能になると思われます。

日本の観光産業が持つ優位性

旅行口コミサイト「TripAdvisor(トリップアドバイザー)」が日本を含む6カ国を対象にした調査によると、「外出規制で今すぐには行けなくても、私にとって旅行は重要なものだ」と考える人は、「日本」「オーストラリア」「シンガポール」「イギリス」では63~64%、「アメリカ」では71%に及んでいます。「旅をしたい」「美しい景色を見たい」「日常を離れてリフレッシュしたい」などは人間が持つ普遍の欲求で、これを抑制することはできないのかもしれません。

また、「旅行先を決める上で今後重要になることは?」という設問に対しては、ほぼすべての国で、新型コロナウイルスの感染者数が減少していることや、その国の医療体制・公衆衛生の状況、マスク着用がなされているかなどを挙げた人の割合が多くなっています。

そしていま「部屋食」に代表される、パーソナルで伝統的なオペレーションでおもてなしする、日本の「旅館スタイル」が再び注目を集めています。日本は感染爆発も発生せず、死者の数も欧米に比較するとケタ違いに少ないのが現状です。マスクはもはやマナーとして定着し、道路、公共施設、飲食店の清潔さは世界トップレベルと言われています。「コロナウイルスは心配、しかし海外旅行には行きたい」このようなニーズに適応できる国は日本なのかもしれません。

JTBとJTB総合研究所が発表した「新型コロナウイルス感染拡大による、暮らしや心の変化および旅行再開に向けての意識調査(2020)」によれば、「すぐ行きたい」旅行に関する要素についての質問で、「知人訪問(24.4%)」の次に多いのが「自然が多い(19.3%)」となっています。

この調査を裏付けるように、全国のキャンプ場は常に混み合っています。また、各地で「自然体験ツアー」の整備も進んでいます。大自然の中でのトレッキングや、星空観賞ツアー、ラフティング・カヌーなど、自然と触れ合うツアーの人気がこれまで以上に上昇するのではないでしょうか。

今後、観光のトレンドは「モノ消費」から「コト消費」へのシフトが、より鮮明になると思われます。日本観光は新型コロナウイルス感染のリスクも少なく、風光明媚な日本の自然を満喫できるとなると、我が国での「自然体験」が世界のメジャーになる可能性もあるのではと考えられます。

ポストコロナ時代が目指すもの

新型コロナウイルスの感染状況長期化とともに、社会全体のデジタル化が加速化し、価値観やライフスタイルが多様化することで、働く場所にこだわらない、テレワーク・リモートワークを多用する、新たな住民層が台頭するなど、今後は「DX(デジタルトランスフォーメーション)」がより進展すると思われます。

安倍総理は2020年版「骨太の方針」について、「デジタル時代の到来を踏まえ、従来型の規制・制度を大きく変革し、これまで以上に取り組みを加速していく必要がある。新しい生活様式が求められる中ポストコロナをしっかりと見据えながら、新しいテクノロジーを徹底的に活用できるよう、必要な規制改革を集中的に実施していく」と発言しています。

我々は、新型コロナウイルスの感染症拡大によって学んだ経験を教訓として、自治体・企業・地域住民等が危機意識を共有し、それぞれの立場から新たな時代を見据えて、未来を先取りする、変革への取り組みを始めることが不可欠ではないでしょうか。

冒頭でご紹介した「天気の子」の英語版タイトルは「Weathering with you」となっていますが、英語の「weather」には「天気」という意味の他に動詞として「(困難を)乗り越える」という意味があります。我々一人ひとりが力を合わせれば、Withコロナの時代を「あなたと一緒に乗り越える」ことができると信じています。

新時代に向けた地域情報化政策の方向性

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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