京都市が目指す都市政策は観光なのか?
~京都の「まちづくり」戦略を考える~

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略 [第6回]
2018年12月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

京都の「まちづくり」戦略を考える

行楽シーズンになると、「そうだ 京都、行こう。」のキャッチコピーを思い出すのは私だけでしょうか。その京都ですが、イギリスの旅行雑誌「Wanderlust」ベストシティ部門では2年連続1位を獲得、アメリカの旅行雑誌「Travel + Leisure」ワールドベストシティ部門では7年連続で、トップ10にランクインしています。

このような海外メディアでは、京都が持つ特徴として古い寺社仏閣などが多く存在すること、その一方で新しいエネルギーを感じさせる街の雰囲気、ミシュランが推薦するレストラン、そして創業200年を超える老舗旅館の存在なども、推奨するポイントとして評価しています。

しかし、この高評価の背景には、京都がもつ「暮らしの美学」「生き方の哲学」が世代を超えて連綿と受け継がれていることや、自分達が住みたい「まち」は、自分達で作っていくという「まちづくり」のポリシーが自然なかたちで存在し、それが都市の魅力を形成していることに気づくべきだと考えます。

まちづくり精神が歴史の中で培われてきた京都

794年(延暦13年)長岡京から平安京への遷都に始まる長い歴史の中で、京都は「まちの自治」を育み、自治の伝統に彩られた様々な住民活動の躍動とともに、自立性の高い活力ある都市を発展させてきました。

16世紀初頭には、都市住民の地縁的共同体である「町(ちょう)」が発展し、それが連帯して集団的な自治行動を行うようになっていきます。そして、16世紀中頃には、上京・下京それぞれの地域ごとにいくつかの「町」が連合して「町組」を結成するようになり、さらに「町組」の上に上京・下京の「惣町(そうちょう)」組織が成立しています。

戦国乱世の後においても、上京・下京の民衆は、こうした地縁的な生活共同体である「町」を基盤として、生活の安全や祭を維持するための自治的活動を活発に行いました。また、敵の侵入を防御・防止するための区画「構(かまえ)」についても、「町」や「町組」が積極的に構築・運用する仕組みを作り出していきます。

このように、京都では自分達のまちは、地域の住民が自分達の手でより豊かにしていくという「まちづくり」の精神が歴史の中で培われてきました。現在の市政運営の基本原則である住民と行政とのパートナーシップによる「まちづくり」の背景には、こうした京都が保有する住民自治の歴史が大きく影響していると思われます。

日本最初の小学校は京都住民が作った「番組小学校」

読者の皆さんは、小学校が日本で最初に誕生したのは、京都だということをご存知でしょうか。明治維新の後、従来の住民自治組織「町組」は、「上京(下京)○○番組」という番号を附番した地域的組織に再編されて「番組」と呼ばれるようになります。

明治維新後の1869年(明治2年)京都住民によって、当時の住民自治組織であった「番組」を単位として京都中心部、現在の上京区・中京区・下京区・東山区・左京区において、全国に先駆けて合計64の「番組小学校(ばんぐみしょうがっこう)」が誕生しました。

当時の京都では、明治維新による人口急減と都市機能の低下に対応するためには、「まちづくりは人づくりから」と、未来の担い手である子供たちを育成することに力を注いだのです。建設と運営に当たっては、地域ごとの住民が、子供のあるなしに関わらず、家に竈(かまど)のある家が資金を出し合ったことから、この活動は「竈金(かまどきん)の精神」とも呼ばれています。

その後、各「番組」では「上(下)京〇〇番会社」を設立して資金の運用に当たり、「番組小学校」は教育機関としての機能の他にも、町会所や行政の出先機関としても利用され、予防接種などの保健所の役割も担っていくことになります。

このような学校運営のあり方は、小学校と学区の緊密な関係性を作り出し、小学校は「自分たちのもの」であり、学区のシンボルである、との認識を住民の心の中に定着させていきます。そして、この学区意識の定着によって、自治連合会、体育振興会、婦人会、消防分団など、その自治の精神は学区を単位とする様々な活動につながっていきます。

地域密着型スマホアプリ「やましなプラス+」

京都市山科区では、地域の教育機関、社会福祉協議会、NPO法人等の団体と山科区役所で構成する「山科区スマートフォンアプリ運営協議会」を設立し、昨年5月から地域住民へ向けて総合的な情報を発信する、地域密着型スマートフォン・アプリ「やましなプラス+」の運用を開始しました。

この「やましなプラス+」では、行政と地域の各種団体が発信する山科区内の情報を集約し、子育てに関する情報、観光・文化、健康長寿、安心・安全、防災マップなど、利用者が選択したカテゴリーに対応した情報を配信しています。

また、日常的に持ち歩くスマホの特性を活かした取り組みとして、「京都府防災・防犯情報メール配信システム」と連携した防災・防犯情報のリアルタイム配信や「防災マップ」、スマホが持つ双方向性の利点を活用した、区政に関する区民アンケートを可能とする「アンケート機能」等の住民向けサービスを展開しています。

「歩くこと」で健康長寿につなげる「やましなポイント」

その他にも「やましなプラス+」のユニークな機能として、区役所窓口の混雑状況をリアルタイムにお知らせする「区役所窓口の待ち人数表示」の配信機能や、地下鉄やバスなど公共交通機関の「ルート検索」があります。さらに、そして地域の人々に「歩く」ことを奨励し、日々歩いた歩数に応じてショッピングに利用できるポイント「やましなポイント」を付与する機能によって、住民に「歩くこと」を促進し健康長寿の実現にも取り組んでいます。

この「やましなポイント」では、ウォーキングを日常生活に取り入れる動機づけとなるように、スマートフォンの持つ歩数計機能を活用し、毎日の歩いた歩数に応じて、地域でお買い物をする際に利用できるポイントを付与しています。

ウォーキングによって獲得した「やましなポイント」は、ポイント交換サービス「G ポイント」を通じて、「Tポイント」、「WAONポイント」、「nanaco ポイント」、航空会社のマイルなど、120 社以上のポイントと交換することが可能になっています。今後はこのような公共サービスの分野においても、利用者に対して目に見える形でベネフィトを提供する、インセンティブ設計が必要になると思われます。

「歩くまち・京都」が目指す「モビリティ・マネジメント(MM)」

「モビリティ・マネジメント(Mobility Management)」は、過度な自動車利用から公共交通の適切な利用や「歩くこと」を推奨することで、1人1人のモビリティ(移動)が、社会的にも個人的にも望ましい方向へ変化することを促す、コミュニケーションを中心とした政策を持続的に展開していく一連の取り組みの総称です。

京都市は平成22年1月、人と公共交通優先の「歩くまち・京都」の実現を目指した「歩くまち・京都」総合交通戦略を策定しています。この「歩くまち・京都」では、京都にふさわしい移動手段は「歩くこと」であり、まちを行き交う人々が賑わいと活力の源泉になるとの考え方を提唱しています。

京都議定書誕生の地である京都市では、平成30年度においても環境省が推進する地球温暖化対策の国民運動「COOL CHOICE」の一環として実施する「公共交通」、「まちづくり」、「ライフスタイル」に対する、3つの取り組みの相乗効果によって、「歩くまち・京都」を実践しています。「ライフスタイル」の取り組みでは「スローライフ京都」大作戦(プロジェクト)として、市民の意識と行動に直接働きかけ、過度なクルマ利用を控えて「歩くこと」、公共交通等を利用することへの転換を促す取り組み、コミュニケーション施策「モビリティ・マネジメント(MM)」を進めています。

これまでにも、広報誌・ラジオを活用した「住民MM」、環境副読本を用いた「学校MM」、市職員を対象とした「通勤MM」、観光客を対象にした「マイカー観光MM」のほか、「転入者MM」、「タクシー対象MM」などのプロジェクトを京都市では実施しています。個人の健康等の問題に配慮してウォーキングを日常生活に取り入れ、健康長寿を目指す「やましなポイント」の取り組みや、インバウンド増加に伴う「オーバーツーリズム(観光客の増えすぎ問題)」顕在化への対応など、これらの課題に対して、「モビリティ・マネジメント(MM)」は有効な対応策のひとつになると考えられます。

「まちを良くしたいと」思うことの重要性

今回ご紹介した京都市の事例では、自分達が住みたい「まち」は自分達で作り出す「まちづくり」の営みや「まちを良くしたいと」思う精神の重要性、それが都市の魅力形成に繋がることを示しています。そして、その事実から見いだされる様々な事柄は、単に「まちづくり」の分野だけではなく、他の公共政策全般に対しても何らかの示唆を与えるものと考えられます。

「観光」とは、その土地にある「光」輝くものを「観」に来てもらうことではないでしょうか。そう考えると、地域の「観光」振興を図る時、その地域のどこに「光」があるのかと自問することが肝要になります。そこに住む人々が満足し、子供や孫の世代まで住み続けたいと思う、そんな理念を持って「まちづくり」に取り組んだ時、それが遠方から訪れた旅行者にも満足感を与える、質の高い「観光」を実現させると思われます。

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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