インバウンドマーケットと「まちづくり」の関係
~地域ブランディングと観光政策を考える~

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略 [第8回]
2019年2月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

かつては、観光業界の関係者のみが知る「インバウンド(訪日外国人観光客)」というキーワードですが、近年急速に拡大する外国人旅行者数の増加にともない各種のメディアでも使われることで、いまでは誰もが知る言葉になりました。

政府では「明日の日本を支える観光ビジョン-世界が訪れたくなる日本へ-」において、2020 年の「インバウンド」旅行者数を4千万人、国内消費額を8兆円、2030 年には「インバウンド」旅行者数を6千万人、国内消費額を15 兆円とする目標を掲げ、重点施策の一つに位置付けています。

このような背景には、今後人口減少型社会の進行にともない経済成長率の低下が懸念される我が国において、これまで国内の観光需要を中心的に支えてきたとされる65~74 歳の「アクティブシニア層」に替わる存在として、年々増加を続けている国際観光人口を取り込むことで、新たな「インバウンド」需要を発生させる狙いがあると思われます。

既存ビジネスモデルの終焉と拡大するインバウンド

1960年代、労働力の増加率が人口増加率を上回り、人口に対する労働力が豊富な状態となることで経済成長が促進される「人口ボーナス期」を迎えた我が国は、高度経済成長を遂げ世界有数の経済大国になりました。しかし、1990年代以降になると高齢化が急速に進行し、超高齢化社会の到来が現実のものになると、団塊世代が75歳を超えて後期高齢者となる「2025年問題」など多くの課題を抱えるようになりました。現在では、高度成長期の豊富な労働力が経済発展の原動力になった時代に基づく、既存のまちづくり政策では通用しない状況に至っています。

そこで注目されているのが、アジア圏を中心とした経済成長を背景として、今後さらに拡大することが見込まれている「インバウンド」マーケットです。

例えば、政府が目標とする2020 年の「インバウンド」旅行者数4千万人を日本の将来人口推計値と比較すると、65歳以上の高齢者人口3612万人を上回ることになります。

このような状況の中、地域が生き残る施策の1つとして注目されているのが、地域が持つ特性をブランド化して、観光や産業を中心に持続可能な「まちづくり」を目指す、自治体(地域)ブランディングです。

今後、人口減少ペースが加速する我が国の地域経済にとっては、観光・宿泊業・外食業、小売業等の振興や関連産業の雇用促進など外国人旅行者の需要を喚起させることで、地域の賑わいを取り戻すことにつながるなどの効果がもたらされます。このように、「インバウンド」を意識した地域のブランド化は「まちづくり」政策の一環として大きな可能性を秘めているのです。

インバウンド市場の拡大に向けて

内閣府が公表する経済財政分析等によると、我が国を訪れる外国人旅行者数の状況は、2003年の500万人台が2007年には800万人台まで増加しました。その後2009年の世界的経済不況と2011年に発生した東日本大震災の影響もあり2013年までは年間1,000万人ベースで推移していました。しかし、その後2016年には2,000万人を突破し、2017年には旅行者数2,869万人を記録しています。そして、直近の2018年の四半期ベースでは、年間3,000万人を超える割合のペースで増加し、その規模は急速に拡大を続けています。

このように、近年急速に進展する我が国の「インバウンド」市場ですが、訪日外国人旅行者数の地域別分布を見ると、東京都近郊、大阪府、京都府など一部の地域に偏っている傾向があります。また、訪日外国人旅行者の消費額についても、東京都、大阪府で消費される額の割合が大勢を占めているのが現状です。

この、首都圏・関西エリアなど一部の地域に集中している「インバウンド」需要を他の地域に拡大し、より多くの地域にその需要を呼び込むためには、訪日外国人の趣味・嗜好等の特性を分析し「まちづくり」観光政策に活かす必要があります。

観光庁が実施した「訪日外国人消費動向調査」のデータによると、旅行者の年齢・性別では、年齢層が高いほど、また男性旅行者より女性旅行者の方が、東京都・大阪府・京都府周辺以外の地域「畿外エリア」を好んで旅行する傾向があります。(以下、大都市周辺以外の地域を日本古来の「都」を意味する名称「畿」に倣い「畿外エリア」と呼称します。)

この調査データで注目すべきは、滞在日数が長期なほど、また訪日回数が多いほど「畿外エリア」を訪れる度合いが強くなる傾向があり、初訪日から2度目の訪日では「畿外エリア」を訪れていないものが、訪日3度目以上になると「畿外エリア」を訪れる傾向が強くなる事実です。

このことから、「畿外エリア」の自治体等が「インバウンド」旅行者を対象にプロモーションを実施する場合には、リピーター・ファンを増加させるような施策を展開するとともに、訪日3度目以上のリピーターをターゲットにした、重点的な集客活動を実施することが有効ではないかと考えます。

コト消費を目指す「インバウンド」旅行者

日本滞在中に「畿外エリア」と「大都市近郊」を訪れた旅行者の行動を見ると以下のような傾向があります。

畿外エリア「旅館への宿泊」、「温泉入浴」、「自然・景勝地の観光」、
「四季の体感(花見・紅葉・雪)」など
大都市近郊「日本酒を飲む」、「テーマパーク」、「ゴルフ等のスポーツ
(ウインタースポーツ以外)」など

このような傾向から「畿外エリア」を目指す「インバウンド」旅行者は、自然の景観・温泉の入湯など特定の地域でのみ体験可能な、「コト消費」を目的に旅先を選定していると考えられます。

今後、「畿外エリア」において「インバウンド」需要の拡大に向けた「まちづくり」や観光政策を推進するためには、それぞれのエリアが保有する地域固有の自然環境や景勝、温泉資源、地域固有の食材など、を活かした宿泊施設の整備や特産品開発を行うことが必要になります。

また、「畿外エリア」の自治体等が「インバウンド」旅行者に向けて訴求できる観光資源を整備したとしても、それが旅行者に認識されていなければ集客には直結しません。集客のために、まずは我が国への旅行を計画中の外国人旅行者に向けて、地域の特性をアピールし認知度を高めるための情報発信を行うことが重要です。

なお、「インバウンド」旅行者が、訪日前に旅行の計画を立てるための情報源としては、自治体・観光協会・旅行会社のホームページに加えて、「自国の親族・知人」、「日本在住の親族・知人」から得た情報が役に立ったと感じている傾向が強いとのことです。このことから、「畿外エリア」の事業者が連携したプロモーション活動に加えて、コミュニケーションツールであるSNS等を駆使した、個人の評価・口コミなどを意識したデジタル・マーケティングを積極的に展開すべきであると思われます。

拡大を続ける世界の観光市場への対応

「UNWTO(国連世界観光機関)」の長期予測によれば、国際観光客数は今後2030年までの間に世界全体で年間平均4,300万人のペースで増加を続け、2030年の国際観光客数は約18億人となり、2010年の約2倍に増大すると見込まれています。

これをアジア地域で見ると、アジア・太平洋地域からの旅行者数が2010年の2.04億人から、2030年には5.35億人となり、急速に増加することが予測されています。

また「インバウンド」が地域経済にどれだけの直接的な経済効果をもたらすかという観点からは、訪日外国人旅行者の消費額の動向にも注目すべきです。

消費総額を1人当たりの旅行支出と旅行者数で比較すると、ヨーロッパ各国、米国、カナダ、オーストラリアの国々は1人当たりの旅行支出は高額である反面、旅行者数が全体に占める割合はごく一部に限られています。これに対して、中国は訪日旅行者数の首位であると同時に、1人当たり旅行支出も欧米と同等レベルの額を消費しています。

このことから、訪日外国人旅行者の消費総額に対して中国が与える影響は非常に大きく、旅行者数・消費額ともに首位の中国から「インバウンド」を意識した戦略が求められています。

「インバウンド」消費額を増加させるためには、旅行者の消費単価を押し上げることが必要で、そのためには1人当たり旅行支出の高い欧米諸国からの旅行者を増やすことが効果的です。しかし、世界的にみて海外旅行する大半の旅行者が本国近隣の国を旅行先として選んでいることから、欧米からの訪日旅行者増加に過度な期待をかけることは現実的ではないと思われます。

ここでは、より実現可能な選択肢として、同じアジア地域の隣国で一人当たり旅行支出額も欧米諸国と同等の中国からの「インバウンド」旅行者をこれからもいかに取り込み続けるかが重要になります。

訪日旅行者の日本国内での滞在日数が長期になれば、宿泊費・食費等の滞在期間中に必要な支出が増加しますので、訪日外国人旅行者の長期滞在化を図り、消費額を増大させる取り組みも必要になります。

このように考えると、日本から遠く頻繁に訪日することは望めない欧米からの旅行者については滞在日数の更なる延長を目指し、中国を中心としたアジア諸国については近隣地域である距離の優位性を活かして、訪日旅行一回ごとの滞在日数は短期間であっても、繰り返し訪日してもらうことで消費総額の増加を図ることが考えられます。

世界の観光市場を見ると、世界経済の中に占める観光業の規模は約10%になります。アジア圏を中心とした経済成長・空港整備・LCC普及等の要因も重なり、世界全体の観光交流人口はますます伸びる予測が国連から出されています。

特にアジア圏の交流人口拡大は目覚ましく、アジア諸国から数時間以内の移動圏内に位置する日本は、他の国と比較して強い優位性があるのです。

「インバウンド」を新たな「まちづくり」へつなげる

近年、海外旅行市場が成熟するなかで「FIT(Foreign Independent Tour)」と呼ばれる、パッケージツアーを利用せずに海外旅行をする個人旅行者が増加しています。このことによって、より地域らしさを感じられるコンテンツが求められるようになり、旅行者の嗜好が「モノ」から「コト」へと変化し消費志向に影響しています。

地域ブランディングによる「まちづくり」では、その地域でしか体感することが出来ない、最高の体験をどこまで提供できるかが、成功する地域づくりの重要な要素であり、訪日観光客のニーズにあったインバウンド戦略が求められます。

マーケティングの基本は、「STP」セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニングにあると言われています。

「STP」によって、他の地域に対抗する競争戦略を立案し、ターゲットである「インバウンド」旅行者になにを訴求していくのか、その地域に根差した特性や文化・風土を徹底的読み取ってストーリー化し、独自の世界観をしっかり提示することが出来れば、訪日外国人観光客の満足度はより高まると思われます。

「まちづくり」と言う名の自治体ブランド戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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