デジタル化とモビリティサービスの変革
~地域における「公共交通」を考える~

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」 [第6回]
2022年10月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

JR東日本が2022年7月28日に「ご利用の少ない線区の経営情報を開示します」として、「輸送密度2,000人/日未満」の経営が厳しい路線を公表しました。山形県最上町の地元を走る陸羽東線の「鳴子温泉~最上」間が「41人/日」、東京近郊の千葉県久留里線の「久留里~上総亀山」間が「62人/日」など、その厳しい現状が地元の住民・自治体に衝撃を与えました。

100円の収入を得るためにかかる費用「営業係数」を見ると、陸羽東線の上記区間は2万2,149円、久留里線においても上記区間は1万7,074円など、不採算路線は首都圏も例外ではなく、多くの路線が存続の岐路に立たされていることがリアルな数字で示されています。

鉄道事業者の輸送人員は1991年をピークに、人口減少による社会構造の変化とともに減少傾向にあり、それが感染症の拡大による外出自粛などの影響によって輸送人員はさらに減少しています。JR東日本、JR西日本、JR東海においても2022年3月期まで2期連続の赤字となり、経営環境が急激に悪化しています。

そもそも「輸送密度2,000人/日未満」という数字の根拠は、1980年代の国鉄再建法まで遡りますが、「1年間の集計で1日に1キロメートルあたり何人の乗客がいたか」という数値で、利用者の少ない路線をバスに転換する際に参考とする指数です。

対象となる路線は83線区で、このうち第1次廃止対象線区と第2次廃止対象線区の基準が「輸送密度2,000人/日未満」で、第3次廃止対象線区は「輸送密度4,000人/日未満」とされていました。

旧国鉄ではこれら83線区の路線で、累積赤字を解消するメドが立たず、国鉄分割民営化が検討され、それが1987年(昭和62年)のJRグループ発足につながっていきます。しかしその後、時代の変遷とともに日本は人口減少型社会へ突入し、地方路線では旧国鉄時代の廃止対象レベルまで平均通過人員が落ち込み、そこでかつてバス転換の対象として使われた「輸送密度2,000人/日未満」が再び注目されていると思われます。

交通事業者と国・自治体の協働

先述のJR東日本の発表に先立ち、国土交通省が7月25日に公表した「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」はより踏み込んだ内容を提示しています。とりまとめは国土交通省が招致した有識者によって構成される「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」が行ない、2022年2月から7月まで5回にわたり開催された検討会の内容を踏まえ、半年も経たずに提言が出されたことに時代の切迫性を感じます。

この提言では、国の主体的な関与により、都道府県を含む沿線自治体、鉄道事業者等の関係者からなる協議会「特定線区再構築協議会(仮称)」の設置や、「廃止ありき」「存続ありき」といった前提を置かずに協議する枠組みの創設など、単なる現状維持ではなく、真に地域の発展に貢献し、利用者から感謝され利用してもらえる、人口減少時代に相応しい、コンパクトでしなやかな公共交通の再構築が必要であるとしています。

そして、その際には、国・地方自治体・交通事業者が上記の役割分担を踏まえて、協力・協働しながら取り組んでいくことが不可欠であると、鉄道の活用に対する積極的な関与を促すとともに、定住人口や交流人口の増加を通じて、魅力ある、持続可能性の高いまちづくりの実現。

また、鉄道・バス等に代わる、新たなモビリティサービスの仕組みをどのように活用していくのか、それによって地域の公共交通システムを人口減少時代に適応させていくのか、各地域の戦略的思考が試されているとも述べています。

デジタルを活用したモビリティサービスに向けて

ローカル路線は長年にわたり地域の基幹的・広域的公共交通の役割を担ってきました。また、二次交通など地域の公共交通の在り方を左右する存在でもあります。いまや、鉄道事業者だけがローカル鉄道の在り方を考えればいい時代ではないと思われます。

いまでは、全国の沿線自治体がローカル鉄道の在り方を地域の課題として認識し、鉄道事業者と協力して利用促進を図り、上下分離などで経営リスクを分担して利便性や持続性の向上に努めるなど、利用者の視点を重視した政策として、鉄道からバス、「LRT」、「BRT」などに転換するケースが増加しています。

我が国では加速化する人口減少に伴い、様々な分野において社会的課題が深刻度を増していますが、その一方で、デジタル化の急速な進展によって、既存の社会システムも大きく変貌する中で、オンデマンド交通や「MaaS (Mobility as a Service)」等の、新たなサービスモデルが提唱されるなど、デジタルを活用したモビリティサービスの実装が期待されています。

情報化技術の進展は、需要を供給に合わせるのではなく、供給を需要に合わせる市場モデルを可能にしたと思われますが、モビリティ分野においても、ユーザー側の需要データをベースとした、利用者に寄り添ったサービスモデルへの転換が図られていると考えられます。

デジタル技術を活用しながら、ユーザー側の視点に立ち需要を主体に考えるサービスモデルへ転換することで、乗客がバス停でバスを待つ旧来のモデルから、バスが乗客の望む場所・望む時間に迎えに来る、オンデマンドサービスが可能になると思われます。

少子化・人口減少が進む地方部においては、サービス提供の限界費用が次第に高まっていく状況にあり、既に様々なサービスが個別単体では成立しにくい状況になっているところもあります。

デジタル技術を活用し、地域住民の側に立脚した経済活動へシフトするには、地域における「暮らしの課題」を見つけ出し、これを解決する必要があります。しかし、地域課題の解消だけに固執すると、マイナス要素をゼロに引き上げるだけに留まる可能性もあることから、更なる高みを目指して、未来志向型のサービスモデルを考えることも重要ではないでしょうか。

暮らし目線からのサービス設計

近年、モビリティサービスに関連する技術が著しく進展し、「自動運転」技術に加えて、「自動配送ロボット」「ドローン」「空飛ぶタクシー」など、新たな仕組みの構築がなされています。こうした中、それぞれ個別に検討が進められることで、個別最適の傾向が強くなり、サービス提供に要するコストが高額化し、結果として利用者が必要とするサービスを享受できない懸念もあります。

新たなサービスモデルを策定する際には、交通サービスそのものだけでなく、道路環境や共通の情報基盤の整備なども含め、広く横断的に地域全体の社会システムの課題として捉え、全体最適を図ることで運用経費を低減させていく視点が必要になります。

欧米諸国では、「住民中心」の視点で、人間の活動に着目し、鉄道・バス・自動車だけではなく、自転車・電動キックボードなど、様々なモビリティを含めて包括的に検討し、生活シーン全体の中で新たなサービスモデルを模索する動きがあります。そしてそのためには、広域的な視座でモビリティの在り方を捉えることで、他の移動手段と一体的にサービスモデルを再構築する必要があると思われます。

我々の日常生活の中では「移動すること」が目的ではなく、その多くが「買い物」「通院」「通勤」「通学」等を目的として移動しています。そのように考えると、新たなサービスモデルの創出は、モビリティ単体の課題解決ではなく、暮らしの各シーンと連携して考えるべきではないでしょうか。

例えば、各地域に点在する「図書館」「病院」「学校」等の公共施設やショッピングセンターは、地域における住民生活の「拠点」であり、電車・バスなど公共交通機関がアクセスする「交通結節点」の機能を有していると思われます。

これを、「AI」を活用したオンデマンド運行による交通機関と連携させることによって、オンデマンド運行バスと病院の電子カルテシステムとをリンクさせ、病院予約の前日に患者にリマインド通知しながら、オンデマンドバスの予約を促すことで、高齢者の通院をサポートするとともに、交通結節点機能のスマート化が可能になります。

暮らしのサービス設計からモビリティを考える

「モビリティ」そのものは、我々の暮らしの基盤であり、カーボンニュートラルへの取り組みなど、地球環境に対しても影響を持つことから、他分野におけるどのようなサービスと連携していくのかを検討することが持続可能性を高める上で有効な要素となります。

「デジタル田園都市国家構想基本方針(令和4年[2022年]6月7日閣議決定)」においては、地方における人口減少や少子高齢化、産業空洞化などの社会課題を背景に、官民の様々な主体による、デジタル技術を活用した取り組みによって課題解決を推進することの必要性が掲げられています。

今後、新たなモビリティサービスの実現に向けては、現状の地域課題解決など、現在の延長線上の議論でなく、在るべき姿からの議論に向けて、社会全体を俯瞰する視点で、プロダクトアウトではなくサービスインの視点で、利用者にベネフィットを提供するための方策を考えることが重要ではないでしょうか。

各地域がそれぞれの地域課題の解決に向けて取り組むということは、皆が一律のビジョンを描くということではありません。また、地域の規模や立地条件などによって将来像が画一的に決められるものでなく、それぞれの地域が持つ地域特性、気候・風土などに根ざした地域住民の意向などに則して、目指すべき方向性は異なると思われます。

かつて、公共交通機関は政策に基づきインフラが整備され、モビリティの形態ごとに事業・制度が成り立ち、企業・組織などが固定化されていましたが、いま我々はデジタル化を進展させることで、ユーザーの移動需要に即応した利用者主導のモビリティサービスの実現に向けて歩き出しているのかもしれません。

これからの新たな時代においては、出発点は利用者の移動需要や実績であり、ITサービスと交通の融合によって、アプリを通じてユーザデータがリアルタイムにフィードバックされ、交通機関の運行データと「AI」を活用した自動ダイヤ改正を可能にするなど、地域のデジタル化がモビリティサービスを変革していくと思われます。

そして、「MaaS (Mobility as a Service)」 は、各交通事業者の連携をさらに加速させていきます。いま、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化から35年、モビリティは大変革の時を迎えているのかもしれません。

ポストコロナ時代の「シン・デジタル化戦略」

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

上へ戻る