図書館での高齢者サービス
~三郷市・浦安市でのもう一つの回想法への取り組み~

図書館つれづれ [第50回]
2018年7月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

回想法の取り組みについては、第45回のコラム(注1)で田原市図書館の事例を紹介しました。今回は、田原市とは違った、図書館の中でおこなう回想法を試験的に試みた三郷市図書館の事例と、浦安想い出語りの会の活動などを紹介します。

三郷市図書館の回想法事例

三郷市図書館の牧原祥子氏に出会ったのは、2016年4月、場所は千葉県船橋市、NPO法人情報ステーションが企画する「ふなばし未来大学」でした。回想法やまちライブラリーに興味があるとのことで、その日のうちに日程を決め、北名古屋回想法センター→岐阜メディアコスモス→多治見市図書館を巡るツアーが実現しました。そのとき訪問した図書館については、本コラム第29回(注2)で報告しました。この旅では、北名古屋市回想法センター(国の登録有形文化財「旧加藤家住宅」内)(注3)も見学しました。牧原氏はその後も、富山県氷見市立博物館を訪ね、回想法を深めていきます。そして、国立教育研究所社会教育実践教育センター(以下、国社研)と浦安市生涯学習課が主催した、浦安市での回想法基礎講座で、講師だった回想法ライフレヴュー研究会代表の中嶋惠美子氏に出会いました。特に中嶋氏からは「ケアするものはケアされる」「人を支えるには準備があってこそ」等の回想法の実施にあたっての心構えとともに、具体的な話を聴き、「介護の世界も、心理学の素地も、何もない自分にも、ポイントを押さえれば、もしかしたら回想法を実践できるかもしれない」と思ったそうです。そして、2017年8月、三郷市図書館に中嶋氏を迎え、回想法の講演会を実施しました。講演後の参加者からのアンケートに元気をいただき、図書館内での試験的な実施に向け、弾みがつきました。実施に至るには、館長の理解と、職員の皆さんの協力があったのは言うまでもありません。

三郷市図書館では、2017年10月初旬から12月中旬の隔週水曜日、全部で6回、7名固定のメンバーで行う回想法スタイルを採用しました。参加メンバーは、広報で募集した65歳以上の方々です。そこで、ツールとして使われる道具は、全て図書館内で調達した本や写真だったことが特徴です。みなさんが「毎回参加するのが楽しみ」といってくださったのが励みになったといいます。そして、お互いを尊重しあえるグループダイナミクスも経験しました。「モノ」を通して思い出が語られる時、欲しかった「モノ」そのものにまつわるお話もあるけれど、その思い出の「モノ」の向こうに家族や友人(=「者」)との思い出が詰まっていることが多いことに気付かされました。そんな回想法を、図書館という場所で、図書館の資料、さらには地域の財産を利用して、みなさんが元気に過ごしいただけるのなら、それは図書館が地域にとって役に立つことになるのではと強く感じました。

新年度が始まり、新たな館長が着任しました。正直なところ、館長のみならず、スタッフも異動があったため、今年度の実施は厳しいと思っていたのです。ところが、新館長の勧めもあって、今年度も昨年度と同時期、同規模(人数、回数)のグループ回想法を実施することが決まりました。昨年度、コ・リーダーとして回想法に参加した非常勤職員も「今年はどうなるかと思っていたけれど、ぜひ、やりましょう。やりたかったです。」と言ってくれたことが、更に前向きにしてくれました。新館長からは、できることは協力することと、市民の中からゆくゆくはリーダーとして活動してくれる方が育つようにと期待されています。

とはいえ、図書館での実施に否定的な声がないわけではありません。そんな時、読売新聞社から、新聞を使った脳トレ・レクレーションの回想法DVD「よみうり回想法サロン」を製作したとの情報が入りました。その後、偶然、図書館に問い合わせがありました。読売新聞社のホームページで、回想法を取り上げたいので、準備をしているとのこと。埼玉県立久喜図書館を通して、三郷市の取り組みを知って連絡をくださったそうですが、今後の予定を聞かれ、「今年も続行します」と即答しました。「やるからには、準備をしないと…。」

回想法は、何度やっても新しい発見があるといいます。参加される皆さんが変わるから、参加者のカラーが新しいグループダイナミクスを作るのです。一度はくじけそうになったけれども、館長や職員の方々の後押しで、今年の秋の回想法に向け準備を始めたいとのことでした。実施は秋。また試行錯誤が始まります。

回想法ライフレヴュー研究会との意見交換会

回想法ライフレヴュー研究会は、回想法を日本へ紹介した野村豊子先生の教えを受けた方々で立ち上げた団体です。現在は、施設や地域での回想法を実践しながら、回想法の研究・教育・普及にも力を入れていて、私も回想法トレーナー養成講座を受講しました。

実は、2018年2月に回想法ライフレヴュー研究会の皆さん(8名)と図書館関係者(7名)で意見交換する場を設けました。図書館側から、田原市図書館と三郷市図書館の事例と、地域の認知症カフェにボランティア参加した話をし、その後、活発な意見交換がありました。また機会を持ちたいと思いながらも、今に至っています。その時の感想が後日、回想法ライフレヴュー研究会から送られてきました。幾つか紹介します。

  • 回想法を始めるときの悩みが、約20年前に高齢者の分野で回想法を業務の中に取り入れようとした時と同じ悩みを抱えていると感じた。高齢者の分野でも、回想法を実践するための人の配置ができていないからこそ、養成講座を開催し、ボランティアさんの力を借りる方法を選択した。「できる人が、できることを」の仕組み
  • 子どもに本をすすめて行く際に、「読み聞かせ」が近道にあるように、「回想法」も、高齢者のためにあるのでは。
  • 絵本は想像を掻き立てる。先日頂いた、でんでん虫の読み聞かせの資料を、デイサービスの回想法で使ってみた。(コピーを一人ひとりに渡した)普段の道具の準備は、五感を刺激するものを準備するが、今回の場合は、五感+想像だと思った。子どもに良いものは、高齢者にも良いと感じた。文章が磨かれている。
  • 本を借りる場合、図書館へ行く必要がなくなっている。出先で依頼すれば、家に近いところまで届く。でも、図書館は、道具の宝庫である。
  • 人寄せの方法を探っているが、仕組みが人を集める形になっていない。図書館関係者だけですすめるのではなく、同分野(社会教育)や、隣の部署にも仲間がいるのではないか。
  • 図書館の一角に「懐かしのコーナー」を設けて、季節を伝え、資料や関連する道具を置き、地域のボランティアさんが週に何日か「良き聴き手」として担当し、月に1回でもオープン型グループ回想法を開催すると良い。など

「懐かしのコーナー」なんて、図書館関係者では考えつかないアイデアです。図書館の皆さんにお聞きしたら、賑やかでもよいスペースがあれば採用したいとのことでした。そして、人手不足で悩む福祉の現場で選択した、養成講座を開催し、ボランティアの力を借りる「できる人が、できることを」の仕組みに目が留まりました。もう一つのキーワードは、“他の部署との連携 ”でしょうか。

浦安想い出語りの会(U-METc:Urayasu Memories-Talking companion)

ボランティアグループ「浦安想い出語りの会(以後、U-METc)」の仕掛人は、浦安市生涯学習課(以下、生涯学習課)でした。国社研による「高齢者の地域への参画を促す地域の体制づくりに関する調査研究」のひとつとして、生涯学習課は、高齢者の地域参画・つながり促進に関する取り組み事例の収集・分析に手を挙げました。そして、回想法をモデル事業とすべく、高齢者の地域モデル事業検討会を設置し、2016年10月から6回「思い出語りボランティア講座~楽しく学ぼう!回想法~」を実施しました。三郷市の牧原氏が受講した講座です。講座の参加者は23名。その後、「補講があると受けに行ったら、『サークルを作りましょう』と言われ、謀られた!」と苦笑いしながら語ってくれたのは、U-METc代表の小泉健一氏です。2017年4月、受講者5名から発足したU-METcは、現在13名の会員がいます。そのうち常時集まるのは11名で、アクティブに活動できるのは半数ほど。月に一度定例会を開き、昨年は、単発の施設への出前のグループ回想法講座を手がけました。実施した施設の職員の、「終わったあとの参加者の表情が違う」との感想に手ごたえを感じ、今年度は月に一度、毎回完結の施設での回想法講座を実施する予定です。

U-METcの立ち上げから運営のバックアップ(活動場所の確保、関係部署との調整など)は、生涯学習課の社会教育主事が中心におこなっています。公民館と併設している図書館の分館と博物館は、活動場所と資料提供をしています。

浦安市役所の会議室で、生涯学習課の木村享平氏、U-METcの小泉健一氏と山村由紀子氏のお話を聴きながら、一番の悩みどころは、ボランティアの育成だと感じました。定年退職後の男性にどうやって社会参画していただくか。この大きな命題が立ちはだかっています。社会の組織として働いてきた男性は、地域には小さな居場所さえ築いていないのが大方なのです。だから、図書館は知的好奇心を満たしてくれる数少ない居場所なんですね。しかも、労働には報酬が対価としてあるのが身に沁みついています。その上、定年になったからと言っても、「まだまだ働ける!」とやる気満々。回想法で過去を振り返るより、有償で自分を生かせることに興味があるのです。だから、“無償”のボランティア活動にはとても抵抗があるといいます。

プライド高き男性へ、回想法に興味を持ってもらうには?と話していて、ふと、所沢の吾妻公民館での音読教室を思い出しました。「地域一受けたい授業~学びは人生を豊かにします~」のキャッチで開催された郷土を知る連続セミナーの一コマに「音読を楽しもう!」のタイトルで、友人と講師を務めさせていただいたことがあります。セミナーは、公民館主催に図書館が共催という連携で、40人近くの方が集まりました。平均年齢は70歳。そこまでは驚かないのですが、なんと、男女比は1:1。これは凄いことです。男性陣は「学ぶ」のキーワードには敏感に反応するのだそうです。そこで、最初に、音読が脳や身体に与える影響について話をしてから、実際に声を出してもらうことにしたのです。読みは的中。最初は尻込みしていた男性陣にも興味をもってもらい、予想外に好評でした。募集要項のキャッチフレーズが素晴らしかったのが勝因ですが、男性に社会参画していただくヒントにはなりそうな気がしました。題して、「学びのこころに火をつける」。そして、もう一つのキーワードは、やはり、“有償ボランティア”。せめて交通費の実費ぐらいはと思ったりするのですが、皆さんはどう感じますか?

図書館での高齢者サービスは始まったばかり。三郷市図書館も浦安市の事例も確立したわけではなく、新しい形を模索している状態です。回想法はコミュニケーションツールのひとつにすぎません。その土地に合ったサービスとは何か?道半ばの試行錯誤は、まだまだ続きます。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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