加藤文太郎記念図書館とステーションライブラリー@香住
図書館つれづれ [第112回]
2023年9月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

2023年3月、友人と浜坂温泉から城崎温泉までの山陰路を楽しんできました。元々、兵庫県新温泉町浜坂にある加藤文太郎記念図書館は訪問予定でしたが、円山応挙一派の襖絵で有名な大乗寺に行くために、兵庫県香美町香住駅にも降り立ちました。そこで、無人駅の待合室をライブラリーにした「ステーションライブラリー@香住駅」に遭遇しました。今回は、加藤文太郎記念館とステーションライブラリー@香住の紹介です。

加藤文太郎記念図書館(注1)

浜坂はカニ漁が盛んなまち。JR浜坂駅のプラットホームでは、大きなカニのオブジェが出迎えてくれました。新田次郎著『孤高の人』のモデルになった、大正から昭和にかけて活躍した加藤文太郎が生まれた地でもあります。といっても、山に登らない方には馴染みがないかもしれません。かつて、神戸で流行し始めた登山は、同行者とパーティーを組むことが常識とされていました。そんな山岳界の常識を覆し、単独行によって数々の登攀記録を残し「単独行の文太郎」と称された単独行のパイオニアです。

駅を降りると、待合室の中に加藤文太郎の「文ちゃん文庫」がありました。加藤文太郎記念図書館の所蔵にはしていませんが図書館が管理していると、あとで館長にお聞きしました。駅を利用する利用者に加藤文太郎のことを知ってほしいと、主に寄贈本が置かれ、本の持ち帰りもOKでした。

古くから北前船の寄港地として栄えた味原川沿いの「あじわら小径」では、高瀬舟による荷物の上げ下ろしがされた大型の商家が連なる、かつての賑わいを感じることができました。200年以上も前から縫い針が町の基幹産業だったことも、初めて知りました。駅前のまち歩き案内所にあった蓄音機の針は、縫い針の生産技術を応用して作っていたとのこと。今は2軒しか残っていない製針工場の1軒で話を聴くことができました。100年の歴史を持つ工場では、縫い針ではなく、その技術を活かして医療用針や電極針などを作っていました。どの産業も栄枯盛衰があり、生き残るための工夫と努力を感じました。

前置きが長くなりましたね。図書館の話に戻します。

最初は、大阪府豊中市の立石照光氏と兵庫県神戸市の片山秀一市氏から町に山岳図書を寄贈いただいたのがきっかけでした。加藤文太郎は神戸で仕事をしていたこともあり、彼の郷里の浜坂に寄贈を決められたそうです。その後、町民アンケートをとり、郷土の先人顕彰補助金を利用して、町の施設のサンシーホールの一室に、1991(平成3)年、加藤文太郎山岳文庫が開所しました。そして、その後、この2,000冊の山岳図書を基にして、1994(平成6)年10月加藤文太郎記念図書館(以下、「図書館」)が誕生しました。遠くから見た図書館は、のどかな田園風景の中に、まるで山のような形をしています。

西川茂代館長が図書館を案内してくださいました。

図書館の1階は普通の公共図書館です。入り口には、世界自閉症啓発デーコーナーや自殺予防に関するポスターに小学生のまち探検新聞など、来館者への工夫が随所に見られました。建物自体もそうですが、館内のあちこちで見られる北アルプスの嶺をモチーフにしたデザインが目を引きました。

館内は中央に吹き抜けがあり、トップライトを設けた柱のない広々とした空間になっています。階段を上がる箇所にも山のモチーフ。建物の設計は、浜坂に縁のある藤田皓一氏が主宰するGA設計。2階に上がると、加藤文太郎のレリーフが出迎えてくれます。レリーフは奥様の藤田晧子氏作。1階の随所に見られるオブジェは、すべて彼女の作でした。

2階は加藤文太郎山岳資料室と山岳図書閲覧室。合わせて5,600冊ほどの内、雑誌の「山岳」と「山と渓谷」はほぼ創刊から揃っているとのこと。加藤文太郎の登山手帳や地図に登山靴などの遺品の数々も展示されています。探検家の植村直己氏も加藤を慕った一人で、今も山を愛してやまない方々が訪れるそうです。

町には、加藤文太郎山(さん)の会(注2)があり、年に一度の図書館祭りでは、図書館と連携して、浜坂三山縦走大会などの山登りイベントが開催されています。町の方々は「文太郎さん」と親しみを込めて呼んでいました。館長からいただいた、B&Gから出版された『マンガふるさとの偉人 孤高の登山家 加藤文太郎(注3)』は,浜坂出身のイラストレーターの中澤大作氏が描いた本で、町内の郷土学習の授業にも活用されています。山好きな人なら、一度は訪れてみたい図書館です。

ステーションライブラリー@香住

兵庫県香美町には、余部鉄橋(注4)のある餘部駅を含む5つのJRの駅があります。町内唯一の有人改札だった香住駅は、江戸時代の絵師、円山応挙の襖絵を収蔵する大乗寺(注5)の下車駅。駅周辺の環境整備に取り組んできた町は、2021年にJRから待合室の無償貸与を受け、地域住民や乗客の交流の場にも活用しようと、2021年夏から待合室の改修工事を行いました。2021年10月、JR西日本の豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風」の停車が決まったそのタイミングで、皮肉にも香住駅の無人化が決まりました。改修されて綺麗になった待合室の壁面の本棚には、役場関係パンフレットや忘れ物が置かれているだけの状態を、「もったいない!」と感じた若者が立ち上がりました。

一般社団法人HiCO-BAYは、香味町に住む伊藤敦紀氏の兄弟、従兄妹の5人組。進学や就職を機に町を離れ気付いたこと、住んでいるからわかること、それぞれ身に付けた仕事や技術を通して、ふるさと「香美町」をまじめに楽しく盛り上げたいと結成しました。

せっかく改修された駅の待合室を活性化すべく、この逆境を、「無人駅は何かが始まる始発駅」と捉えて動き出しました。この町の人のぬくもりを町の玄関口である駅に再び映すことができればと、いろんな角度から意見を出し紆余曲折を経て、「vol.1図書館のないまちにつくるステーションライブラリー」プロジェクトが始動。待合室のリニューアルによって新たにできた壁一面の小箱を図書館にするため、2022年11月に町内外含めて19人がJR香住駅に集合して、ワークショップが開催されました。それぞれが誰かに薦めたい選りすぐりの1冊を持ち寄り、自己紹介や本を切り口に会話を楽しむ、まちライブラリーでいう所謂「植本市」。その後、本棚に取り付ける切符型のポップ作りにホワイトボードを塗装して、一日がかりでステーションライブラリーを設営しました。私が香住駅で目にした「ステーションライブラリー@香住駅(注6)」の正体でした。

本棚には、おススメの本がメッセージと共に並べられています。

本が貸し出しされるときは、こんな感じになります。

若いエネルギーに感激して、メールを送ったところ、代表の伊藤氏から、こんな返事が返ってきました。「今後も、ライブラリーという形ではないかもしれませんが、町内の他の駅に対しても何か取り組みたいと考えています。また、今後の統廃合で廃校になってしまう学校施設なども新たな可能性の宝庫と捉え活動できればなと思っております。」

若いエネルギーに感服です。若者が出て行ったまちを、若者の力で活性化に挑戦していました。

おわりに

山陰本線をゆっくり電車で旅したことで、偶然出会った風景に、地域に生きる人々の豊かさと頼もしさを感じた旅でした。余部鉄橋で途中下車されるなら、平屋建ての「道の駅あまるべ」にも足を運んでみてください。余部鉄橋建設の歴史「余部鉄橋の記憶」と新余部橋梁の工事記録DVD映像2本(約1時間)は見ごたえありました。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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