GIGAスクール構想に関わるセミナーの紹介
図書館つれづれ [第91回]
2021年12月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

子どもたちの教育現場で話題のGIGAスクール構想。実は、スティーブ・ジョブズが「知の自転車(Bicycle for the mind)」と唱えていた提案と同じ構想なのだとか。自転車のように、自分で道具を使いこなし、自らの学びは自らの手で作り出すための1人1台端末。恥ずかしながら実態が何も見えなかった私に、一般社団法人日本教育情報化振興会(注1)主催の「GIGAスクール構想に対応した<本と学びの提案>」と、JDC(日本DAISYコンソーシアム:注2)とJEPA(日本電子出版協会:注3)共催の「デジタル社会に必要な情報アクセシビリティ」ウェビナーの機会をいただきました。今回は、GIGAスクールがらみで学んだことの紹介です。

「GIGAスクール構想に対応した<本と学びの提案>」

8月に開催されたポプラ社主催の「2021年度情報教育対応教員全国セミナー(注4)」で、3名がそれぞれの立場から話しました。

1)「書籍・電子図書館の現状と活用」 専修大学 植村八潮氏

世の中に流通する「文字情報」を分けたとき、SNS・小説投稿サイト・Wikipediaなどのデジタルfirstの占める割合は多く、文字離れではなく実は文字洪水を起こしているという現状の説明がありました。大手中堅出版社は紙と電子同時刊行していること、市場の1/4は電子出版物の販売であること、大学の教科書の電子資料化の進み具合など、多くの数字が示されました。青少年のインターネット利用状況では、学習アプリの普及により小学校高学年の9割弱が学習タブレットを利用し、7歳以下でも7割弱が利用していますが、情報リテラシー教育は置き去りにされています。マンガや学術資料と比べ電子化が遅れている児童書は、実はビジネスチャンスでもあるということを感じました。一方で、国立国会図書館のデジタルコレクションも教育に利用できるのではとの示唆もありました。電子書籍の読書環境が整う中、子どもたちへの情報リテラシー教育がないがしろにされている点、高校までのIT教育も含め児童に対して「良質な作品提供を誰が担うのか」と、今回考えるテーマを挙げました。

2)「学校における電子書籍の導入と活用の可能性」 専修大学 野口武悟氏

GIGAスクール構想によりハードは2020年度でほぼ整備完了。そのハードを使いこなして支えるために、学校図書館の強化と読書バリアフリー推進の視点から話されました。

学校の教育課程の展開に寄与し、児童生徒の健全な教養育成のために、学校図書館には大きく3つ(読書・学習・情報)のメディアセンターとしての機能があります。文部科学省のガイドラインには電子資料の存在がちゃんとうたわれていて、その基盤のスムーズな運営は校長のリーダーシップにかかっています。まずは縦割りになっている情報教育と学校図書館担当の公務分掌の見直しを提案されました。

提示された数字は文部科学省の統計で植村氏の数字と若干異なっていましたが、紙の本を読む子や、保護者が電子書籍を読む子ほど、電子書籍も読む傾向があるとの報告がありました。学校における電子書籍の状況はまだ2%前後と少ないですが、コロナ下で確実に伸びています。一方で予算の確保も課題となっています。留意する点は、特別支援学校などの導入が高いことです。後でも触れますが、読書バリアフリー法の「障がいの有無にかかわらず…」の一文により、アクセシブルな電子書籍が注目されています。課題はまだありますが、ICTを活用することで、紙の媒体では個別にしか制作できなかった点字・文字拡大・音声読み上げなどが、ワンソースマルチユースで可能になります。

3)「GIGAスクール構想に対応した<本と学び>の提案」 軽井沢風越学園 有山裕美子氏

有山氏の元の職場である工学院大学付属中学校・高等学校のことは、第82回コラムの「工学院附属中高図書館のLIVE配信」(注5)でも紹介したことがあります。子どもたちが主体的に端末を活用する環境づくりは、一朝一夕にできることではありません。今回は元職場での学校休業中の学校図書館の取り込みについて主に紹介されました。

学校図書館の使命は、貸出や資料提供だけではなく、あらゆる情報を蓄積している視点で電子書籍やデジタル資料も含めた「情報活用能力の育成」に関わっていくことが大事だといいます。紙の資料が提供できない中で、授業に使用する資料の選書・レファレンス~授業のサポート等について、おすすめサイトや便利ツールを学校図書館が情報発信してきました。オンライン授業を経て感じたことは、リアルでもオンラインでも学校図書館の役割は同じであること。学校図書館はアナログからデジタルまであらゆる情報を扱う場所であるという認識を持つことが大事。紙も電子もそれぞれの特性を活かしながら適切に使う例として、例えば、新聞の切り抜き展示には事前の下調べにデータベースを使うなど、状況に応じて適切に情報を使いこなす情報活用能力の育成の重要性を説かれました。

公立図書館と違い恵まれた環境とはいえ、電子書籍を導入できたのは、単に図書館だけの力ではなく、英語担当など広く垣根を越えて授業に必要だと賛同してくれたのが大きかったといいます。電子書籍を利用してよかった点は、学校閉館中でも利用できたほかに、授業での活用が始まったこと、洋書の読み上げソフトが活用できたことなどがありました。問題は、利用状況が見えにくいこと、予算の関係でコンテンツの充実が難しいこと、データベースのライセンスなどを挙げました。

実践で凄かったのは、受け手ではなく送り手として電子書籍を使っている点です。校外学習としてフリーマガジンを紙でも電子でも作ったり、本格的な雑誌や小説の電子書籍を作ったり、出来ばえは決して引けを取りません。指導する「人」がいれば、生徒は自由に伸びていくのを実感しました。もはやアナログとデジタルの境目は曖昧で「従来の枠組み」から脱却しなければという展望は、公共図書館にも言えることだと感じました。

まとめの際に、植村氏のことが印象に残りました。「予算がない、人がいない、時間がない」のないない尽くしの言い訳の中で、一番は「やる気がない!」こと。「良い事例には人がいる」というのが印象に残りました。やっぱり最後は「人」なんですね~。

ウェビナー「デジタル社会に必要な情報アクセシビリティ」から

2021年7月に開催されたウェビナー(注6)もGIGAスクールに関わる部分がありました。概要レベルですが紹介します。

1)基調講演:「全ての人のためにアクセシブルな電子書籍とは」 静岡県立大学 石川准氏

電子書籍とは、Webサイトの音声読み上げ対応のことだけを言うのではないというのが一貫して根幹にありました。目の不自由な人も耳の不自由な人も、配慮が要る/要らないの医学モデルの視点ではなく、障がい者の人権を守るためには、障がい者が直面している社会的障害を取り除かなければならないとのことでした。障がい者差別解消法などができてきても、アメリカに比べると日本はまだまだ法整備が遅れているのだそうです。GIGAスクール構想のデジタル教科書はアクセシブルでなければならないと触れました。

2)「当事者の立場からディスレクシアとは」 神山忠氏、小澤彩果氏

ディスレクシアとは、知能には問題ないものの文字の読み書きに限定した困難さを持つ疾患です。行間が掴めない、縦書きが苦手、ルビが読めないなど、人によって困難さが違い、実際に文字がどんなふうに見えるのかを話してくれました。電子書籍で改善できる可能性が示唆されました。

3)「EPUBアクセシビリティのJIS規格化について」 慶應義塾大学 村田真氏

電子書籍(EPUB)の音声読み上げができるように作り、その認証を受け、音声読み上げが実現できることを明示し、買う前に確認できること。そして、一番は独自仕様にはしないこと。とはいえ、認証をどこでやるのかなどの問題はあるようです。

4)「JDC技術委員会のEPUBに関する取り組み」 サイパック 工藤智行氏

音声読み上げができればアクセシブルというのは大きな誤解と話し、必要なのはナビゲーション機能と説かれました。ナビゲーションとは、読み上げの移動を中心とした操作で、細かなことは色々あるけど、目次や栞のようなものだと思います。縦書き/横書き、ルビの有無、分かち書きの実現など、健常者も障がい者も同じEPUBを使って読書ができるボーンアクセシブルな電子出版を実現する仕様の策定に取り組んでいます。ステキなことですが、一般の書籍もこれだけのことを要求されると、出版の壁が高くなる懸念があり、少し複雑な思いも抱きました。

5)「アクセシブルな電子出版への展望」 JDC 河村宏氏

著者には著作権があり、読者にはアクセス権がある。この2つの権利の調和を図る努力が求められていると話しました。ゆりかごでは著者も読者も一緒だし、著者も障がいとは無縁ではありません。公立図書館の役割にも触れ、ネットワークを通じた出版物の収集(購入)やアクセシブルな情報アクセスの保障は、ボーンアクセシブルな出版の普及で初めて実現するとのことでした。問題はまだまだあるけど、GIGAスクール構想は、アクセシビリティの確保とリテラシー教育も踏まえて実現するのが将来世代への責任と結びました。

学校デジタル図書館

JEPAが提案する学校デジタル図書館(注7)の情報も入ってきました。文部科学省の学校図書館図書標準は生徒数によって揃えるべき蔵書数が決められていて、大きな学校と小さな学校では読める本の数に格差が生じています。加えて、読みたい本を買えない地方の子どもや、収入の少ない家庭の子どもなど、情報格差は拡がっています。GIGAスクールで1人1台の端末環境が整備された今、義務教育費として利用料を国に負担してもらい、子どもたちにとって公平なサービスになる全国均一なインフラサービス「学校デジタル図書館」が提言されています。

学校図書館関係の友人からは、学校教育の中でどう図書館を活用していくかという本質からずれているとの意見がありつつも、それぞれの学校の教育課程の枠組みの中にある学校では実現しにくいことも、社会インフラとして整備できれば活用できるサービスとの意見がありました。

子どもたちに本を届けたいという思いが詰まった案です。想定される質問と回答もWeb上に記載されています。興味のある方は、ホームページを覗いてください。

その前に、子どもの読書の周辺にいる大人が、まず電子書籍に接する機会が足りていないとは、友人の感想でした。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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